PLAINセンターニュース第130号
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Astro-E2 衛星の運用とデータ処理(2)
- パイプラインプロセッシングとデータ公開 -

上田 佳宏
JAXA/ISAS
高エネルギー天文学研究系


 先月号に引続き、Astro-E2 衛星のデータ処理の流れについて紹介します。言うまでもないことですが、「科学」衛星の使命は、無事に衛星が打ち上げられ、運用が行なわれた時点で終了するわけではありません。科学者たちが、取得したデータを解析し、今まで知られていなかった新しい自然界の事実を見い出して(かつ、それを論文として発表して)初めて、意味のある仕事が成し遂げられたことになります。衛星データは、最終的には(観測者による一定の占有期間のあと)アーカイブとして、人類の知的財産として保存され、全世界の科学者に公開されることになるのが通例です。解析ソフトを整備し、かつ衛星データをなるべく科学的解析に使いやすい形にして一般の科学者に提供することは、科学衛星計画の最終段階における非常に重要な仕事です。

 X線天文衛星では通常、イベントデータ(時刻、位置、エネルギーなどの情報がX線光子ごとに時系列に並べられたデータ)が、科学解析のための基本データになります。正しく較正されたイベントデータを用意することがデータ処理の第一歩です。これを元に、ユーザーは科学目的に応じて、たとえば位置で切り出してエネルギースペクトルの解析を行なったり、エネルギーで切り出してイメージ解析やタイミング解析を行なったりすることができます。

 取得された生データから較正されたイベントデータを作るためには、さまざまな較正データを参照しながら、X 線の到達時刻、天球上の位置、エネルギーに変換するというプロセスが必要です。さらに検出器の視野が地球によって遮られている時間や、宇宙線粒子によるバックグラウンドが高い時間を除くといったスクリーニングも必要になります。これらの作業は、同じ衛星においては観測によらずほぼ共通しているものです。そこで、Astro-E2 を含む最近の X 線天文衛星では、一次処理としてプロジェクト側でこれらの作業を自動的に行ない、較正済のデータを観測者に配布するのが普通です。この自動処理のことをパイプラインプロセッシングと呼びます。ここはユーザーの便宜を図るためのみならず、アーカイブデータとしての最終的な利便性を決定する、とても大事な作業です。

 日本の X線衛星計画として、当初からデータアーカイブを公開することが念頭におかれていたのは、日米協力で製作された「あすか」衛星が最初です。(最近、ISAS「ぎんが」アーカイブチームの努力により「ぎんが」衛星のデータアーカイブが DARTS および NASA の HEASARC (High Energy Astrophysics Science Archive Research Center) より公開されました (PLAIN センターニュースNo.112 参照)。「あすか」のパイプラインプロセッシングは、事情によりアメリカ側 (NASA/GSFC) でのみ行なわれていましたが、Astro-E2 では初めて日本側が中心となってプロセッシングを行なうことになります。実際は日米の「プロセッシングチーム」(実質はアメリカ:Pier、日本:Ueda の2人体制)が密接に協力して、共通のスクリプトを用いて日々データ処理を行ない、日本および ESA 所属の観測者へはISAS から、アメリカ人観測者へはGSFCから、それぞれデータを配布します。ISAS では、PLAIN センターの Data Analysis Network System (DANS) 上でデータ処理を行ない、作成されたアーカイブは DARTS よりネットワークを通して公開します。以下、シリウスにデータが格納された後のデータ処理の流れをおおまかに説明します(より詳細は http://www.astro.isas.jaxa.jp/astroe/process/参照)。


  1. シリウスにアクセスして、Raw Packet Telemetry(RPT)ファイルを作成します。RPT ファイルとは、CCSDS パケットとパケット生成時間を、FITS (Flexible Image Transfer System) で定められた可変長カラムのバイナリ・テーブルにしたもので、「あすか」でいうところの First Reduction File (FRF) に相当します。マヌーバごとにデータを分割し、RPT は原則、観測ポインティングごとに作ります。同時に、伝送遅延時間や衛星クロックの温度依存の補正をし、最終的な時刻付けを行ないます。各 RPT に対応して、衛星の姿勢情報を時系列に保存した姿勢ファイルもここで作成します。一日あたりの RPT データ量は最大で 1.25 Gbyte です。

  2. RPT に対して「mk1stfits」というプログラム(「あすか」の FRFread に相当)を適用し、衛星テレメトリデータを標準 FITS フォーマットに変換し、検出器ごとに First FITS file (FFF) を作成します。FFF はあらゆる科学的解析の出発点という位置付けにあり、Astro-E2 では解析パスの二重化を防ぐため、RPT にユーザが直接アクセスすることは原則として禁止しています。FFF を作成するプロセスは基本的に ISAS でのみ行ない、作られた FFF を毎日 GSFC にネットワーク経由で転送します。FFF のデータ量は RPT のざっと3倍です。

  3. 以降の処理は日米で並行して行ないます。較正データベース(CALDB)を参照しながら、FFF に「critical FTOOLS」とよばれる解析ソフトウエアを適用し、Second FITS file (SFF) を作成します。SFF は FFF と同一の FITS フォーマットで、各 X 線イベントの較正済データのコラム(たとえばエネルギーや天球上の位置など)が埋められたものです。さらに、観測モードごとにファイルを分割し、スクリーニングを行ないます。実用的には、ここで作られたいわゆる cleaned event file が、多くの場合ユーザーの解析の出発点となるでしょう。FFF、SFF、cleaned event file に加え、簡易解析によって得られたイメージ、スペクトル、ライトカーブも含めてアーカイブします。最後にトレンドアーカイブとよばれる衛星のモニター情報(たとえばバックグラウンドデータ、検出器のゲイン履歴など)を抽出します。トレンドアーカイブは過去のデータとあわせて別の場所にまとめて保存され、検出器チームの較正などに使用されます。

  4. 処理された較正済データは、日本ではDARTS から、アメリカでは HEASARC から、観測者あるいは一般の科学者に向けてネットワーク公開されます。データ占有期間中のデータに関しては PGP key によって暗号化を行ないます(観測者に key を連絡)。それらは占有期間が終った段階で元に戻します。



     SFF の作成(およびその以降の解析)は、CALDB の更新や解析ソフトウエアの変更に応じて、将来やり直す必要が出てくることもあり得ます。そのような場合、プロセッシングチームが適当なタイミングで過去の全データにたいして統一的に再プロセッシングを行ない、アーカイブをバージョンアップし、ユーザーに連絡することになります。急ぎの場合、ユーザー自身が最新の CALDB と解析ソフトウエアを用いて作り直すこともできます。

     Astro-E2 の解析ソフトウェアは、「あすか」などで広く使われている「FTOOLS」の形態で提供されます。汎用性のある他の FTOOLS と組み合わせることで、標準 FITS フォーマットにしたがったデータに対し、さまざまな解析が容易に実現できるようになっています。パイプラインプロセッシングでもこれらを使用します。Astro-E2 固有の FTOOLS(「HEAdas」と呼ぶ)は、検出器チームと NASA/GSFC が共同で開発しています。「あすか」の時には日本側とアメリカ側で独立でソフトウエア開発が行なわれた結果、解析パスが二重化してさまざまな本質的でない苦労が生じました。その経験の反省から、Astro-E2 のソフトウエアの開発は、ライブラリレベルから、検出器チームと FTOOLS チームの間で徹底的に統一化が行なわれています。ソフトウエアの国際開発体制は、日米間の綿密なコミュニケーションのもと、非常にスムーズに進んでいます。



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