PLAINセンターニュース第111号
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コンピューター・シミュレーションで解き明かす宇宙科学 (2)

星野 真弘
東京大学大学院 理学研究科

 前回に続いて、最近各国の数値シミュレーション研究の競合課題となっている「数値 天文台」プロジェクトについてお話します。高度高機能科学衛星や地上望遠鏡などで 発見される天体現象や宇宙の進化を解き明かすには、これまでの計算機コード(プロ グラム)を用い格子点を細かくして最近のスーパー・コンピュータで解くという方法 だけでは不十分であり、新たな物理近似の方法やプログラム開発などが必要です。今 回は特に数値天文台の計算機コード開発要素について、何を目指して数値計算コード 開発が行われているのか、その現状と展望を簡単に述べたいと思います。

 自然現象は、一般には大きなスケールから小さなスケールが複雑に絡み合い、そして それらがお互いに協同化・組織化してひとつの構造が形成されています。宇宙科学が 対象とする天体現象においても同様で、差し渡し100億光年の大規模宇宙の中に、 10万光年の銀河がいくつも存在し、銀河の中には数光年程度の平均距離を隔てて恒 星がたくさん存在しており、多様な構造を持った階層性があるのは周知のことです。 この多様な階層構造は、宇宙の進化の中で、ある階層は別の階層構造の初期条件とし て相互に関連しあって発展しており、階層間共通の物理過程と相違点を押さえて統一 的に理解することが大切です。太陽−地球系においても、惑星間空間や磁気圏は10 万度から1千万度の高温プラズマで満たされており、宇宙における星や銀河と同様な 物理過程で支配されていますが、そこで重要な物理素過程に衝撃波や磁気リコネクシ ョンがあります。これらを支配する物理スケールは、数十メートルのデバイ長から数 十万キロメートルの磁気圏サイズの7桁にわたっており、その大規模階層構造が多様 な現象を支配しています。このような様々な領域での各階層には、その階層固有の法 則と階層間相互作用があり、全体系としてダイナミックなネットワークが出来ていま すが、最近米国を中心に進んできている「数値天文台」プロジェクトでは、このよう な階層構造を、最近の観測的研究と併せて数値計算で解き明かそうとするものです。

 宇宙や太陽・地球におけるマクロとミクロスケールの宇宙階層構造を明らかにするに は、大きく二つの方法があります。一つはミクロなスケールを記述する方程式と大き なスケールを記述する巨視的方程式とを結合して解く方法で、例えば、ミクロ系では 第一原理に基づいて計算し、それを適当な粗視化によってマクロ方程式に組み入れる 解き方で、「物理複合型計算」と呼ばれています。もう一つの方法は、現象のスケー ルに応じて計算格子を細かくとっていく方法で、ある現象のスケールが空間的に局在 化してどんどん小さくなっていくような場合に有効な方法で、「適合格子計算」と呼 ばれます。

 まず「適合格子計算」は、現象の起きている構造の複雑性に応じて格子間隔を変えて 数値計算精度を上げる方法ですが、この適合格子にも色々な方法があり、現象に応じ て格子の形を再配置する方法や階層構造の格子を自動生成する方法など色々なアイデ アがあります。例えば、星間雲から星への進化における問題などでは、自己重力によ り星形成の中心部分では密度が急激に上昇するので、中心部分を正確に解かなくては なりません。従来の古典的な正方格子の計算では空間分解能が足らず原始星へ の進化が十分に解明できていなかったのですが、スーパー・コンピュータを用いた適合格子 計算では、分子雲コア状態から暴走収縮を経て原始星に至る進化が解明できるように なってきています。また宇宙には一般にメカニズムを解く鍵となる領域で密度勾配や 速度勾配を持った境界層がありますが、そこではレーリー・テーラー不安定やケルビ ン・ヘルムホルツ不安定を介して高度に発展した非線形状態になり物質混合が起きま す。ちょうどコーヒーカップの中のミルクが混ざっていくような物質混合が大切な役 割を果たしておりますが、そのような状況を正確に捉えるのにも適合格子は必要不可 欠です。例えば、太陽風と磁気圏の境界面ではケルビン・ヘルムホルツ不安定が、超 新星爆発では放出物質中でのレーリー・テーラー不安定が物質混合に重要な役割を果 たしており、小スケールの乱流過程まで分解した上で物質混合率などの巨視的物理量 を定量的に評価することが必要です。これまでの理論・シミュレーション研究では概 ね2次元空間の仮定の下で混合率の評価が出来ており、現実的な3次元空間での研究 が現在活発に進められています。

 さてこのように適合格子計算を用いた流体・電磁流体の高精度非線形計算により、宇 宙・天文の分野でも数多くの成果が得られており、また今後もスーパー。コンピュー タの進歩に伴い更に大きな進展が期待できます。しかし、流体・電磁流体の枠組みで は記述できない、流体粘性、電気抵抗、熱伝導といった物理過程や輻射が優勢になる 物理化学過程などは、適合格子を用いて高精度計算を行っても不十分であり、複 合系の物理過程を取り扱う数値計算を行うことが必要となります。例えば、超新星爆 発の場合、巨視的構造のダイナミックスは概ね流体近似で表現出来ますが、そこでの 核融合反応の核物理学、X線の放出などの原子物理学、ニュートリノ輸送の素粒子物 理学などの物理過程を取り込むには、それらのいくつもの物理過程を複合的に取り扱 う「物理複合型計算」が必要です。このような考え方は、当然以前よりあったのです が、高度な非線形過程の下でそれぞれの詳細物理をどのようにして巨視的構造に繰り 込むかについては研究が遅れている部分が多く、今後の重要研究課題となっていま す。例えば、毎日お世話になっている数値天気予報モデルでは、基本的に物理複合型 計算が行われており、流体力学で扱えない水蒸気・エアロゾルや輻射の効果がモデル 化されて大規模計算の中に取り込まれていますが、それぞれの詳細物理については今後 とも更なる研究が必要とされています。宇宙物理においても同様で、磁気圏衛星「ジ オテイル」や太陽物理衛星「ようこう」により解明が進んだ磁気リコネクションに おいても、未だいつどのようにして磁気リコネクションが発生するのかは分かってお りません。高温プラズマ発生の条件を解明するには、リコネクションのX点における 磁場拡散過程を理解する必要があると考えられており、これは粒子のジャイロ運動を 理解しなくては解けない問題です。数値計算研究の観点からは、リコネクションの全 体構造を記述する電磁流体計算と、X点において電気抵抗を支配するプラズマ運動論 に基づいた粒子計算を組み合わせた複合流体・粒子計算が必要です。また別の例とし てX線天文衛星「あすか」では、SN1006の衝撃波領域での高エネルギー電子の観測か ら、TeV領域にまで延びる銀河宇宙線の起源を説明することに成功しましたが、高空 間分解観測を可能とした「チャンドラ」衛星で分かってきたように衝撃波領域は非常 に薄いシェル(フィラメント状)から成っており、空間的に局在化した加速領域やそ の電磁波動・乱流電磁場がどのように形成されたかは今後の研究が期待されます。そ の解明には、相対論的高エネルギー宇宙線と衝撃波の構造とを結合させた複合型計算 シミュレーションが威力を発揮すると考えられております。

 このような複合系の計算科学研究は、決して一人の研究者が出来る内容ではなくなっ てきています。米国では数十人規模の天体数値計算グループが大学や研究所などに形 成されており、複合型物理計算研究が強力に推進されてきています。日本における宇 宙・地球物理の分野では、各大学や研究所のメンバーが協力して、太陽地球系から超 新星爆発、降着円盤やジェット、銀河や星形成、そして宇宙初期に渡るスケールを、 それぞれの物理要素で共通な部分をお互いに協力して開発研究していこうとするバー チャル・ラボがスタートしようとしております。(思うにこれは宇宙研のPLAINセン ターでDARTSバーチャルデータセンターが立ち上がろうとしていたときの組織に似ているよう な気もします。)いずれにせよ、複雑な非線形性を十分に理解して宇宙を解き明かそ うとするプロジェクトは、有限の能力しかないスーパー・コンピュータを、研究者の 協力の下でいかにうまく使うかが一番重要な鍵であり、成功すれば「数値望遠鏡/数値観 測装置」による大発見も夢ではなさそうです。



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