PLAINセンターニュース第110号
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コンピューター・シミュレーションで解き明かす宇宙科学 (1)

星野真弘
東京大学大学院 理学系研究科

 宇宙科学の観測分野では、電波領域からX線・ガンマ線領域にわたる「多波長観測」 や「高時間空間分解能観測」とかの重要性が益々増えてきておりますが、計算機シミ ュレーションにおいても同じような考え方が必要となってきています。宇宙・天文の シミュレーション屋は、しばしばコンピューターのことを「数値望遠鏡」という言葉 で表現することがありますます。そしてどのような接眼レンズを用いて「観測」する かで様々な流体コードとか輻射コードとかの様々なシミュレーション・コードを用い てきています。しかし昨今では更に発展させて、様々な物理近似で記述される数値 コードをうまく組み合わせて多様な天体現象を解き明かしていこうという、いわゆる 数値シミュレーションによる「多波長観測」プロジェクトが米国を皮切りに活発に進 められてきております。また計算格子を細かくとって計算していく「高時間空間分解能観測」も、スーパコンピュータの性能向上に伴って多くの知見が得られるようにな って来ています。

 さて現代科学は20世紀に大きく発展し、宇宙科学の分野においても、実験・観測・ 理論によって宇宙惑星の構造や性質、運動・進化などの基本性質が次々と明らかにな りました。複雑に絡んだ現象を切り分けてより本質的な問題に還元し、その切り分け た要素を理解することで多くの自然現象を解明し、それがまた新たな物理学・化学な どの発見につながってきました。しかし現代科学をもってしても理解が困難な重要問 題が沢山あります。現代科学の苦手とする問題に共通しているのは、いくつかの要素 が複雑に絡み合っており、要素を切り分けても決して問題が単純にならない現象で す。要素が複雑に絡み合うことを非線形性と呼びますが、これまでの現代科学におい てはこの非線形科学をうまく記述したり理解したりすることが大変遅れています。身 近な例として天気予報があります。現代科学の成果として流体力学の枠組みは確立し ても、様々な物理化学過程が絡んだ複雑系をなす気象学の中で、明日の天気を予想す ることは未だ難しいものがあります。この非線形科学の解明に必要不可欠なのがコン ピューターです。

 コンピューター(computer)という言葉は、ラテン語のcomputoに由来し、もともとは主 に指で数えることを意味しているそうです。このコンピューターを世界で最初に科 学に役立てることに奔走したのは、数学者として名を馳せたブダペスト生まれのジョ ン・フォン・ノイマンです。彼は1930年末ごろから応用数学にも興味を持ち、弾 道計算などの研究もはじめました。1945年に書かれた論文「EDVACに関する報告 書」では、それまでの計算機とは異なりプログラム内臓方式の高速デジタル計算機の 理論が述べられています。現在のコンピューターが「フォン・ノイマン型計算機」と 呼ばれる所以です。

 さてこれまで科学分野においてコンピューターがもたらした大発見はいくつもありま す。例えば、物理学者フェルミ達によって研究された非線形型振動子のエルゴート性 に関するFermi-Pasta-Ulam問題があります。固体の比熱を説明するモデルとして、バ ネでつながれた質点の運動を考え、初期条件としてある振動状態にのみエネルギーを 与え、その長時間挙動を調べました。長時間経てばエネルギーがすべての振動状態に 等分配されるだろうという予想の下に計算機シミュレーションを行った結果、予想に まったく反して、ある一定の周期後にまた最初の状態に戻るという「再帰性」が現れ ました。最初フェルミがこの結果を得たときプログラムのミスか計算機エラーではな いかと思ったことでしょう。

 宇宙科学の分野においても、数値シミュレーションは大きな成果をもたらします。例 えば、シュワルツシールドは、星の進化を系統的に理解することを目指したシミュレーションを行い、星の温度や輝きの時間変化を解き明かしました。またシミュレー ション実験が果たした重要な役割として、星のヘリウム層の核燃焼が不安定になるこ とも特筆すべきことで、今日ヘリウム・シェル・フラッシュとして知られている現象 です。林忠四郎先生による「林フェーズ」の発見も数値計算によって得られた成果です。

 また最近の成果の中から一つピックアップさせていただいたものが図1に示してあり ます。これは超新星 1987Aと呼ばれる天体とその周りに形成された3つのリングの観 測とシミュレーション結果です。左図がNASAのハッブル望遠鏡でとらえたもの で、右図が電磁流体シミュレーションによって得られたプラズマ密度の高い領域で す。太陽風中での大局的磁場とプラズマ構造の解明に使われた電磁流体コードを星風 に適応し、見事に最近の高精度観測を再現することに成功しました。

図1:  
ハッブル望遠鏡が捕らえた超新星1987A と周りの3つのリング構造(左)とそのMHDシミュレーション結果(右)

 以上のように、計算機シミュレーションが宇宙科学においても活躍してきたわけです が、スーパ・コンピューターの性能が上がったらといって何でも計算できるわけでは ありません。例えば、電磁流体力学の枠組みにおいて、流体粘性、電気抵抗、熱伝導 などの輸送係数は電磁流体の枠組みでは答えられない問題で、何らかの物理モデルを 仮定するしかありません。輸送係数については、第一原理に戻ってマックスウェル方 程式とローレンツ方程式を連立させた粒子法と呼ばれるコードで解く手法もあります が、この粒子法では莫大な計算時間やメモリーを必要とするので、大規模構造の計算 は非常に苦手です。輻射が優勢になる領域では、輻射流体コードが必要になってきま す。重力場での多体相互作用が重要になる場合は、万有引力の法則に従って個々の粒 子運動を計算することが必要不可欠です。今後はこれらの様々な計算コードを組み合 わせて複雑に絡んだ非線形現象の本質を明らかにすることが必要になってきていま す。次回は数値天文学における計算機コードのお話をしたいと思います。



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