VLBIのための観測システム
「はるか」はスペースVLBI観測のための基礎的な工学実験と実際の観測を目的とした衛星です。このスペースVLBI観測を行うためには地上の電波望遠鏡とおなじように,大型アンテナで天体からの電波を受信し,その波の情報を記録しなければいけません。地上の電波望遠鏡では高速のデータレコーダでテープに波の情報を記録し,後ほど複数の望遠鏡で取得したテープを持ち寄り,処理して画像を得る事ができます。ところが,「はるか」ではこのような高速のデータレコーダが載せられませんし,載せたとしても記録したテープを我々の手に送る手段がありません。
そこで,「はるか」は,観測した天体からの電波をデジタルデータに変換して,地上の衛星受信局にそのデータを直接送信し,それを磁気テープに記録します。このデータの送信には1秒間に1億2800万ビット(128Mbps)と,宇宙研の衛星の中では最も高い伝送レートが必要になりました。
また,VLBI観測で複数の観測局が観測した電波の波面を合わせ画像を得るためには,観測データに対して非常に高精度な時刻をつける必要があります。地上の電波望遠鏡では高精度の原子時計を用い,高精度な時刻付けをするのですが,「はるか」では原子時計を衛星に搭載することはせずに,地上受信局の原子時計で作られた基準信号を衛星に送ることにしています。
天体から来る電波は非常に微弱で,「はるか」の8mのアンテナで受信しても信号は10-26Wにしかなりません。それに雑音をなるべく加えないように増幅しなければなりません。「はるか」では,1.6GHz帯と5GHz帯と22GHz帯の3つの周波数帯を受信していますので,3つの周波数帯の低雑音増幅器を搭載しています。それぞれの信号は,地上リンク局から送られた基準信号をもとに周波数変換され,高速でデジタル信号に変換されます。これを15GHz帯の電波を使って地上の衛星受信局に伝送します。また観測システムの性能を把握するために必要となる参照信号は衛星上で作っています。写真はその参照信号を生成する機器です。衛星の環境ではこの機器の温度は-20℃から+30℃くらいまで変わります。また打ち上げの際には,たいへん大きな振動が加わります。この機器は大変精密なもので,このような状況でも参照信号を正しく発生するように何度も温度試験や振動試験が繰り返されました。他の搭載機器も同様な試験を経ています。
打ち上げ後の初期試験では残念ながら22GHz帯で大きな損失が発生していることが分かり,試験観測以外の通常の観測を行うことはできませんでした。しかし,1.6GHz帯と5GHz帯では期待した観測性能を達成することができました。宇宙の電波望遠鏡と地上の電波望遠鏡を結ぶというスペースVLBI観測の実証実験を行った後に,全世界から観測提案を受け付けた共同利用観測やプロジェクト観測で大きな成果を日々あげています。
(小林秀行)