ニューメキシコ州の砂漠にて
樋口 健
貫入プローブシステムの強度確認試験のために,アメリカ合衆国ニューメキシコ州の田舎町に来た。リオグランデ川に接しているとはいえ,草木が自然に生えていると言えるのは川から数十m程度までであって,あとは乾燥した赤土と砂と岩ばかりが延々と続いている砂漠地帯である。山には,あたかも大仏頭のようにぽつぽつと,潅木かサボテンしか生えていない荒れ地である。段丘で見張っているインディアンが馬にまたがっていまにも駈け降りて来そうな,いかにも西部劇映画に出て来そうな雰囲気である。確かに,地図を見るとインディアンの保護区があちこちにある。日差しは強く気温は30℃ほどもあるが湿度が10%程度しかないため体感的にはそれほど暑さを感じない。比較的平らな地であるが標高が1500mもあるため,むしろ夜の寒さは想像以上であり,寒さに対する準備が手薄で困ったのは,砂漠は暑いだろうという私の先入観のせいであった。
だだっ広く空気の澄んだこういう土地を利用して,パラボラアンテナを多数並べた米国立電波天文台( NRAO )のアンテナ群( VLA )があり,宇宙科学研究所の衛星「はるか」とも連携して VLBI (超長基線電波干渉計)天文観測しているそうである。
土地柄と宇宙との関係という意味では,こちらに来てもうひとつ思ったことがある。ニューメキシコ州にある宇宙博物館には,アポロ計画の月面車が走行試験をしたという場所の説明があった。日本の海岸の砂浜よりもっと細かい砂で覆いつくされた土地であるホワイトサンズを見ていると,きっと月面もこのような風景であろうと想像できた。つまり,砂漠を見慣れている人にとっては,月面の風景は行く前から想像できていたのかもしれない。また,この宇宙博物館には火星ローバーの走行を見せるための箱庭があった。こしらえた火星の模擬表面はマーズパスファインダーが送ってきた火星の表面と似ていて良く出来ているなと思ったが,ふと窓の外を見たらその風景と変わりなかった。つまり,この荒れ地を見慣れている人にとっては,火星の風景は行く前から想像できていたのかもしれない。日本人にとっては月面や火星の風景は別世界であるから,そこへ人間が行くということには抵抗と非常に大きな冒険心を抱くが,荒れ地の人にとっては月面や火星に行くことは多少の冒険心で済むのかもしれない,と。
砂漠は日本人には合わないとつくずく思う。最初は空気が乾燥していてすがすがしいと感じた。しかし,爽快に過ごせたのは最初の2〜3日だけであった。昼間は屋外でかなり体力を使う作業をしなければならないことが多かったが,私の鼻が低いせいかまず鼻の穴が乾燥し始めた。乾燥し切ったところで,今度は鼻水が止めどもなく流れ出るようになった。鼻風邪状態である。そうこうしているうちに,呼吸器系がバランスを失い,本当の風邪状態になった。風邪薬を飲むと鼻水は止まったが,風邪薬はついでに喉も一緒に乾かしてしまうため,今度は屋外で喉が渇いて渇いてしようがない。宿舎の部屋でシャワーを使って湿度を上げたらかなり楽になった。どうやら,湿度が高い所に適した呼吸器系を持っていては砂漠では適応できないらしい。普段は日本の湿度が高くジメジメしていることを非難していたが,このジメジメが潤いに感じられむしろ気持ち良い。日本人は外国に行くと国粋主義者になる,といわれるが,これもその一形態であるのかもしれないと思う。