No.303
2006.6

特集:「はやぶさ」の科学成果 第一報


ISASニュース 2006.6 No.303 

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イトカワの物質的な特徴


 小惑星は太陽系創世期の状態を現在に伝えるロゼッタストーンであり、「始原」天体と呼ばれる。イトカワがどのような物質でできているかは、「はやぶさ」最大の科学テーマの一つであり、近赤外線とX線の2種類の波長域で分光観測を行い、その正体を調べた。

 なぜ小惑星が始原天体と考えられているのかというと、大きさが小さいからだ。相対的に表面積が大きく熱が表面から逃げやすいために、内部が暖められず、熱的な進化を免れた。私たちの暮らす地球は、地震や火山活動が続く、現在も生きている惑星だ。地球の1/4の直径の月でも、かつて大規模な地殻形成があり、溶岩が月の海を満たすほどの活動があった。地球や月では見られなくなった原始の状態が、小惑星には残されている。

 私たちは、宇宙物質をすでに手にしている。隕石や宇宙塵だ。これらの分析によって原始の太陽系、惑星、そして宇宙の歴史が数多く解明されてきた。しかし、これらには太陽系の場所の情報はなく、周辺の環境の様子を知るすべはない。小惑星探査が、その橋渡しとなる。

 地上の望遠鏡を利用した小惑星の研究は盛んに行われてきた。代表的な方法の一つに、太陽光の反射を波長ごとに調べる分光観測がある。表面の物質や粗さが異なると反射スペクトルの傾きや吸収帯の特徴の違いとして観測され、小惑星はE、S、C、M、Dなどさまざまな型に分類されている。イトカワはS型(より詳しくはS(IV)型)に属する。地上で発見された隕石の大部分は普通コンドライトであるが、それを実験室で分光してみると、小惑星の型とうまく一致しない「謎」があり、探査によって解明すべき課題である。なお、吸収帯の特徴のみで判断すると、イトカワは普通コンドライトの中ではLLかLコンドライトに似ているという最近の研究もある。

 「はやぶさ」より数年前にNASAの探査機ニア・シューメーカがS型小惑星エロスを探査し、普通コンドライトに近い物質であることが分かった。イトカワはS型小惑星の探査としては2例目であるが、エロスに比べて大きさが2桁小さいために、かなり接近して細部の地形・地質構造を分けて観測できた点が重要であった。

 近赤外分光器(NIRS)は、0.8〜2.1ミクロンの太陽光の反射をイトカワ全球にわたって場所ごとに詳しく調べた。特に鉄を含む鉱物(カンラン石、輝石など)の吸収帯が1ミクロン付近にあり、詳しく調べることで鉱物の存在度を推定することができる。結果として、イトカワ表面はカンラン石に富み、普通コンドライト(特にLL)に似ていることが分かった(図1)。また、イトカワの場所によって反射率の高低が見られたが、それは鉱物の違いよりも、むしろ表面の粗さの違いや宇宙風化と呼ばれる現象で説明できると今は考えている。

 蛍光X線スペクトロメータ(XRS)は、小惑星表面の主要な元素に固有なエネルギーを持つ蛍光X線の強度をイトカワ全球にわたって調べた。蛍光X線は、太陽X線が小惑星表面に照射することによって発生する。主要な元素であるマグネシウム、アルミニウム、シリコンの存在度や存在比から、イトカワが普通コンドライト(特にLL、またはL)と似た元素組成であることが分かった(図2)。一方で、コンドライトという始原的物質からやや熱的な進化過程を経た物質である可能性も残される。NIRSと同様に、場所による物質の大きな違いは見られない。

 以上より、近赤外線と蛍光X線の分光観測で共通する結果は、S型小惑星イトカワが普通コンドライトに似ており、特にカンラン石に富むLLコンドライトに近いことが分かった。全球にわたってほぼ一様の物質から成り、少なくとも大規模な進化過程を経ていないと考えられる。しかし多少の熱的進化の過程を経た可能性までは否定できず、詳細については今後の研究課題である。

図1 近赤外線吸収バンドの強度比と普通コンドライトとの関係     
     ● イトカワはS型小惑星としては、カンラン石の割合が大きい。
     ● 普通コンドライトの中ではLLコンドライトに近い。
     ● カンラン石の割合が高いS型小惑星は小惑星帯の内側に多く、
      イトカワは小惑星帯の比較的内側を起源としていると考えることができる。

図2 蛍光X線による元素比、元素存在度と隕石との関係。
普通コンドライト(H、L、LL)以外の点は、そのほかの隕石を示す。

(岡田達明、安部正真) 


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