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はやぶさ近況 交信復活


「はやぶさ」

 「はやぶさ」は、一連の近傍観測の最後を2回の着陸で飾ったものの、まさに離陸を完了した昨年11月26日に燃料漏れ事故を起こし、厳しい状況が続きました。その後、12月8日には新たな燃料の漏洩に起因すると考えられるガスの噴出によって姿勢が大きく変動し、以来、1月末まで交信が途絶えていたところです。

 この間、地上の管制ソフトを更新して、指令を短時間で到達させる方法や、地上局にプログラマブルなスペクトラムアナライザーを動員してビデオ記録をする体制を採りました。凍り付くほどの低温下に置かれたため、搭載されている受信機の待ち受け周波数が不確定で、それに対応するため、地上から小刻みにスウィープする方法を採用せざるをえませんでした。また、同様に搭載送信機の発信周波数も不確定であったため、地上局側で受信周波数を小刻みに監視するなど、あらゆる不確定性を考慮して監視する対策を採り、日々の運用を続けてきました。一通りの網羅的なサーベイだけで数週間を要する、根気のいる運用が必要だったわけです。数学的には、向こう1年間に60〜70%の確率で通信が復旧するはずでしたが、正直なところ、1年がかりではないかと考えていたところです。「はやぶさ」からの電波が発信されていても、それを見逃してしまうと、通信の復旧はできなくなります。スーパーバイザの皆さんも、実は、復旧は無理かもしれないと心のどこかで思っていたのでしょうが、毎日、返事の来ない交信・運用を根気よく続けていただきました。皆さん、本当にあきらめずに、よく頑張ってくださったと思います。

 それは、1月23日の運用中に、急に起きました。大空の中の、まさに「はやぶさ」が見えるべき方向から、明らかに人工的な電波が発せられていることに、スーパーバイザ西山が気付いたのです。それは、予想を超えた強度で受信されていて、彼は間違いではないかと、地上局のアンテナをわざと振って、確かに「はやぶさ」がいるべき方向からの電波だと、いわば自らのほおをつねって確認したほどです。しかし、「はやぶさ」は高速でスピンしているらしく、1周期50秒余りで強度が変化し、20秒ごとに大幅に信号が弱くなる現象を伴っていました。まるでおぼれる「はやぶさ」が、浮かんでは消え、もがいて手を伸ばしているかのようです。信号強度が大きく変わるのは、地球方向から70度も離れた方向にスピン軸(アンテナ軸)が向いていたためで、太陽電池の方向に電波の干渉が起きて、強度が低下していたわけです。これは地球から指令を送る場合も同じですから、指令も20秒以内に完結しないと解読されないことを意味しています。実際、「はやぶさ」からの電波は1月23日に受信できましたが、その後1週間は、指令が送達できませんでした。

 しかし、ここでもスタッフ全員が本当に一生懸命考えてくださり、地上運用のソフトウェアを急遽改修して、切れ切れでも何とか指令を送達させる工夫を編み出し、ついに1月末には、地上からの質問に対して応答させることができるまでになったのです。質問が正しければ電波の変調を切るとか、2-way modeに変えるなどして、「はやぶさ」に返事をさせることができるようになりましたが、これは「のぞみ」で経験したぎりぎりの運用方法が、有効に反映されたといえるでしょう。

 2月からは、搭載のイオンエンジンの作動ガスであるキセノンを用いて、姿勢制御が始まりました。といっても、スピンが速過ぎて、軌道姿勢制御コンピュータが使える状態ではありません。データ処理コンピュータに新たな論理を組み込み、例えば太陽方向がサンセンサのある軸をよぎったらキセノンガスを流すといったような、非常に原始的な方法で姿勢制御を行わせました。「はやぶさ」は3軸姿勢制御の探査機ですが、今はスピン安定の探査機として運用しています。

 このかいあって、「はやぶさ」の姿勢は3月初めには、ほぼ地球方向を指向できるまでに回復し、また地上局との間の距離を計測することにも成功して、「はやぶさ」探査機の位置はかなり正確にわかるまでに至っています。今は、探査機全体の温度を上昇させて、残存の燃料やガスを排斥するベーキング作業を実施しています。二度と不慮の姿勢喪失が起きないようにするためです。イオンエンジンの試運転も、連休前後に予定しています。キセノンガスは姿勢を制御しはじめてから、急速に消費量が増えています。このベーキング作業は短期間で終わらせなくてはいけません。しかし、現在のキセノン残量があれば、何とか地球に戻るイオンエンジンの運転は可能です。今は我慢して静養を行わせたいと考えています。

 どうぞ、これからもご支援をお願いします。

2007年2月にイトカワ軌道からの離脱を行い、地球に2010年6月に帰還させる探査機軌道計画案(赤線)。帰還までの飛行時間が長くなるものの、現在のキセノン残量で飛行可能である。太陽−地球線を固定して描いた軌道図。

(川口 淳一郎) 


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