No.288
2005.3

将来計画

ISASニュース 2005.3 No.288 


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特集 第5回宇宙科学シンポジウム
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ソーラー電力セイル実証計画について


ハイブリッド推進宇宙船

 太陽光(光子)の運動量を利用して推進する宇宙船を,ソーラーセイル(太陽帆船)といいます。ソーラー電力セイルとは,この光子による推進と太陽電池で駆動する電気推進機関を組み合わせて航行する,ハイブリッド(複合)推進の宇宙船を指しています。ソーラーセイルは燃料を必要としない点で理想的ですが,帆の面積当たりに得られる推進力が非常に小さく,現実的な期間での飛行を考えると途方もない大きさの帆が必要になり,帆以外に何も輸送できなくなってしまいます。一方,イオンエンジンなどの電気推進機関は,推進力を得ることは難しくありませんが,加速に「燃料」を必要とするため,大きな軌道変換を行うには輸送力を犠牲にしなければなりません。

 ソーラー電力セイルは,両者の長所を組み合わせて補い合う複合推進で航行します。これは従来にないまったく新しい考え方です。JAXA宇宙科学研究本部では,この新型宇宙船により,太陽系の大航海時代を先駆ける,外惑星探査法の実証を計画しています。目指すのは,外惑星の代表である木星と,トロヤ群という小惑星です(図1,図2)。

図1 2011年発の軌道計画

図2 ソーラー電力セイルの想像図
 

7つの世界初を目指すミッション

 このソーラー電力セイルは,探査機本体,木星オービター,木星プローブ(オプション)の3機で構成されます(図3)。木星通過(フライバイ)時に木星オービターが分離され,木星を周回する軌道へ投入されます。木星プローブを木星の大気へ突入させ,木星極域の大気観測を行うことも計画されています。

図3 ソーラー電力セイルの構成

 この計画は,以下の7つの「世界初」を目指す,新世紀を先駆ける画期的なミッションです。

(1)世界初の太陽電池を動力源とする木星以遠に到達する外惑星探査機であること
(2)世界初の木星オービター,フライバイ複合機であること
(3)世界最高性能のイオンエンジンで推進すること
(4)世界初の光子セイルハイブリッド推進で航行すること
(5)世界初の黄道面ダスト※1外からの背景放射※2観測を行うこと
(6)世界初のトロヤ群小惑星探査を行うこと
(7)世界初の編隊飛行による木星磁気圏観測を行うこと

※1 黄道面ダスト:惑星の公転する面(黄道面)付近に集積しているちり
※2 背景放射:ビッグバンの残骸が宇宙空間全面に残って非常にわずかの熱を放っている現象


 この計画の主目的は,エンジニアリング(工学技術)の実証にあります。
(1)直径約50mに及ぶ超薄膜の大型太陽帆を惑星間で展開する技術,
(2)光子および高性能イオンエンジンを併用する軌道変換技術,
(3)薄膜の太陽電池によって太陽から非常に遠い木星域での動力の確保,
(4)低温で動作する新型の液体燃料式推進機関,
(5)推進機関用の燃料を兼ねた統合型の燃料電池など,
将来の外惑星探査に必須となる技術の実証を目的にしています。

 しかしその一方では,木星までの惑星間空間,木星やトロヤ群域を飛行することを最大限に利用した複数の観測を行い,理学面においても世界第一級の成果を目指しています。

(1)従来は黄道面ダストによって遮られてきた赤外線域での全天観測,
(2)黄道面ダスト分布観測,
(3)木星の極域磁気圏観測,
(4)太陽−木星系のラグランジュ点※3(L4)に存在するトロヤ群小惑星のフライバイ観測,
(5)ガンマ線バースト観測,
などにより惑星科学,プラズマ,宇宙物理学など理学面でも新しい大きな成果が期待されています。

※3 ラグランジュ点:2つの天体の重力が釣り合う点 L1〜L5点まで5つある。


 この計画にて開発される技術は,宇宙開発のみならず広範な産業・社会的な応用につながる明確な説明性(アカウンタビリティ)を持っています。

(1)大型の膜構造に関する技術は圧縮力に強い大型の建造物に,
(2)燃料当たりの加速量が非常に大きいイオンエンジン技術は先端デバイス産業が必要とする成膜・コーティング技術に,
(3)薄膜の太陽電池技術は低価格の太陽電池の大量生産に,
(4)統合型の燃料電池技術は耐腐食性の極板開発に,
(5)編隊飛行・自律機能は広く産業・介護ロボットに,
(6)耐放射線機器開発はSOI※4など新しい電子デバイス開発に,
それぞれ貢献すると期待されています。

※4 SOI:宇宙技術が生んだ高信頼民生用半導体メモリの開発 参照


 膜構造物の展開実験として,2004年に候補材料であるポリイミド製膜面の遠心展開に世界で初めて成功しました(図4)。この成果をもとに,大型膜を確実に展開するメカニズムの研究開発を行っています。

図4 2004年に行われたS-310ロケットによる膜展開実験

 

惑星間航路への発展

 深宇宙探査は,小惑星,惑星周回衛星から,資源を輸送する大航海時代へとつながっていく点で,経済効果につながり得るものです。この実証計画には,深宇宙港構想で実現される往復の惑星間航路へと発展する重要な意義があります。この計画は,何よりも,再使用できる宇宙船で太陽系の往復飛行を現実のものとさせ,航路としての惑星間飛行を定着させることにつながるわけです(図5)。

図5 太陽系大航海時代へつながる深宇宙港とそれを核とする運行例

 ソーラー電力セイルは,まさに次世代への理工学教育を先導する,明快なターゲットといえるでしょう。「見える」先進性を具体的に与えるミッションでもあります。技術開発で頂点に立つことが,逆にすそ野を広げて,世界を牽引する新しい技術を創生していく型の産業育成への転換技術力をもたらし,経済効果を産むことにつながると考えられます。

 20世紀は,航空機が生まれ,育ち,そして産業に育った時代でした。航空航海時代は,グローバルな物流を促し,世界経済を牽引する原動力にもなり,今日の安全保障の確保も,ここに裏打ちされているといえます。21世紀は,宇宙機が生まれ,育ち,そして産業に育つ時代といえるでしょう。航空機から宇宙機への連続的な接続,成長が起こり,太陽系航海時代は惑星間規模での物流を産むでしょうし,世界経済を牽引しうるものとなるでしょう。安全保障上の優位性も,まさに宇宙機技術に裏打ちされると思われるところです。地球周回の宇宙開発から,世界を牽引する惑星間へと活動を移す時代になっているわけです。

(ソーラーセイルワーキンググループ) 


  JAXA:宇宙航空研究開発機構


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