No.285
2004.12

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2004.12 No.285 


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ハイブリッドロケット CAMUI 

北海道大学大学院工学研究科機械科学専攻宇宙環境工学講座 
永 田 晴 紀  

CAMUI型ハイブリッドロケット打上げ実証試験

はじめに

 地上から打ち上げられるロケットの主な用途は,衛星を地球周回軌道に投入することであるが,それ以外に,50〜1000km程度の高度まで弾道飛行させ,高層気象観測や微小重力実験などの学術用途に用いることもよく行われる。このような用途に用いるロケットをサウンディングロケットという。

 地球温暖化が進行すると,成層圏オゾンの対流圏への降下量が増加し温暖化が加速することが化学・気候モデル実験によって明らかになる(Sudo K., Takahashi M., Akimoto H., Geophysical Research Letters, Vol. 30, pp. 24, 2003)など,近年,化学−気候相互作用に大きな関心が持たれている。成層圏大気成分を採取して地上の高性能な機器で分析し,微量化学成分の組成を明らかにする必要性が指摘されているが,高度50〜60kmの高層成層圏は航空機でも気球でも到達できないため,サウンディングロケットが唯一のサンプリング手段となる。また,分単位の微小重力環境を得られる実験手段としてもサウンディングロケットが用いられる。これは,小型ロケットにより機体を高度100〜200kmまで弾道飛行させることにより,微小重力環境を得るものである。

 ロケット実験の単価は数千万円の桁となるのが一般的である上,実験機会も限られている。国内でロケット実験の機会が限られている理由は需要の少なさにあり,少ない需要は高い実験単価に起因する。しかし,需要そのものは決して小さくはなく,もし安価に利用できるのであればロケット実験の利用を希望するという気象研究者や微小重力研究者は,地球温暖化,オゾン層生成・破壊,燃焼,結晶成長,生命科学の分野などに,広く存在する。これらは,ロケット実験単価を引き下げることにより顕在化する潜在需要である。

 ロケット実験の単価が高い理由は,小型ロケットの単価が高いことである。現在,ロケット実験で使用されている小型ロケットは,そのすべてが推進剤に火薬を使用する固体ロケットである。これは,構造が複雑で重いという液体ロケットの短所が,小型ロケットではより顕在化するためである。固体ロケットの構造は,基本的には筒に火薬を充填し,ノズルと尾翼を取り付けているだけなので,機体の材料も製造工程も高額なものではない。それにもかかわらず機体単価が高額になる理由は,推進剤に火薬類を使用するためである。固体ロケットの価格の大部分は火薬類の管理コストであり,もし推進剤に火薬類を使用しない小型ロケットを開発できれば,機体再使用化によりロケット実験の単価を飛躍的に削減し,潜在需要を顕在化させることができる。

 このような観点から,筆者らはハイブリッドロケットの研究開発を行っている。ハイブリッドロケットとは,推進剤に液体と固体の組み合わせを用いるロケットのことで,燃料側を固体とするのが一般的である。火薬類を使用しないために製造・運用コストを大幅に削減することが可能な上,液体燃料を使用しないため危険物すら取り扱わずに済む。ハイブリッドロケットのアイデアそのものは古く,1930年代までさかのぼることができる。しかし,固体燃料の燃焼が遅いという致命的な欠点を克服することができず,いまだに小型ロケット打上げへの適用例はない。地球の重力によって毎秒9.8m/sの速度を奪われる打上げ用途では,燃焼が遅いというのは致命的なのである。


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CAMUI型ハイブリッドロケット

 固体燃料の燃焼を速くし,ハイブリッドロケットを小型打上げロケットに適用するため,従来は中心にポートを設けた円柱状であった固体燃料を複数の円柱ブロックに分け,各円柱ブロックの前端面が同時並行的に燃焼する方式を考案した。縦列多段衝突噴流方式を英訳し,Cascaded Multistage Impinging-jetの頭文字を取ってCAMUIロケットと名付けた。

 CAMUIロケットの燃焼室の概念を図1に示す。燃焼室に噴射された液体酸化剤は初段燃料ブロックの前端面に衝突し,生成した燃焼ガスは初段ブロックの2つのポートを通って下流に流れ,2段目ブロックの前端面に衝突する。衝突噴流により固体燃料への熱伝達が促進される効果を狙ったわけである。CAMUI方式では,燃料ブロックを薄く細分化することにより,理論上はいくらでも推力密度(単位燃焼室容積当たりの推力)を上げることが可能であるが,燃料の機械的強度および圧力損失から上限は存在する。筆者らの経験では,少なくとも従来型の3倍程度の推力密度は容易に得ることが可能であり,ハイブリッドロケットを固体ロケットレベルまで小型・高推力化することが可能となった。

図1 CAMUI型燃焼室の概要

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小型打上げ機体の開発

 ハイブリッドロケットを小型ロケットに適用するためには,推力密度を上げることと併せて,液体酸素供給系を小型機体に組み込むことが必要である。液体酸素は爆発の危険性および毒性がなく,高い比推力が期待できるが,極低温液体である液体酸素の供給システムを小型機体に組み込むのは容易ではない。極低温用バルブ一つとっても,汎用バルブに比べ大型である。また,CAMUI方式では従来型と違って燃焼室壁面が火炎にさらされるため,燃焼室壁面を冷却する必要がある。つまり,極低温液体による再生冷却方式を備えた供給システムを,小型ロケットに組み込む必要があるということである。

 バルブの小型化および再生冷却ラインの簡素化を検討した結果,液体酸素流路にバルブを使用しないバルブレス供給方式を考案した。その概念を図2に示す。液体酸素タンクは,燃焼室の周囲に円環状に配置されている。液体酸素タンク内側壁面と燃焼室壁面との間は液体酸素流路となっている。液体酸素はタンク底部のオリフィスを通ってこの流路に流れ込み,燃焼室壁面を冷却しながら上方に流れ,噴射器から燃焼室へと噴射される。液体酸素タンクから燃焼室に至る流路にはバルブは存在せず,再生冷却流路も極めて簡素化されている。液体酸素の液面は噴射器よりも下方に位置するため,タンクを加圧しない限り,液体酸素が燃焼室に供給されることはない。加圧用のヘリウムタンクは三方弁を介して液体酸素タンクとつながっており,供給開始前はガス化した酸素を燃焼室に排気することにより液体酸素タンクの圧力が上昇するのを防いでいる。

図2 バルブレス液体酸素供給方式

 燃焼開始の手順は以下のようになる。点火前は,液体酸素タンクでガス化した酸素は燃焼室に排気されており,燃焼室はガス酸素で満たされている。このため,初段ブロックの前端面に取り付けられているニクロム線を通電加熱することにより,容易に点火することができる。このとき,酸素は自然蒸発により供給されているだけなので,推力はほとんど発生しない。点火を確認した後,三方弁を切り替え,ガス化酸素を燃焼室に排気するラインを閉じると同時に高圧ヘリウムタンクから液体酸素タンクに通じるラインを開くと,液体酸素の供給が開始される。実機の場合はこれが打上げの瞬間となるので,この三方弁のことを我々は打上げバルブと呼んでいる。バルブ切り替えにより推力は速やかに立ち上がり,定常燃焼に移行する。


打上げ実証試験

 バルブレス供給方式が打上げ環境下でも正常に作動することを確認するため,打上げ実証試験を実施した。機体の概要を図3に示す。全長1.6m,外径89mm,燃焼室内径50mmである。燃焼室には高さ35mmの円柱形アクリルブロックが7個配置されており,その全重量は450gである。

図3 打上げ実証試験機体の構成

 燃焼室の外周部は液体酸素タンクで,エンジン部分の基本的な構造は図2と同じである。450gの燃料を約4秒で燃やし切ることにより,約50kgfの推力を発生する。エンジンの上は打上げバルブで,ハンドル部分は機体の外に出ており,発射台に取り付けられたアクチュエータで打上げバルブを切り替えることにより機体が打ち上げられる。打上げバルブの上はヘリウムタンク,その上はペイロード搭載部である。ペイロード搭載部はシリンダ構造となっており,底部に仕掛けられた少量の火薬により飛び出し,機体頭部のフェアリングを跳ね上げる。跳ね上げられたフェアリングは半割りになり,内部のパラシュートを解放する。機体の初期全備重量は10.5kg,到達高度は安全上の制約から約900mとした。

 打上げ実験は2002年3月と2003年1月の2回,北海道大樹町において実施され,共に成功であった。打上げ実験の詳細についてはhttp://www.hastic.jp/camui/default.htmを参照されたい。なお,本機体による教育用途などでの打上げサービスは,NPO法人 北海道宇宙科学技術創成センター(HASTIC,http://www.hastic.jp/)から一般販売されている。


実験用小型ロケットへの応用

 CAMUI型ハイブリッドロケットは,現在,高層気象観測および微小重力実験用小型ロケットへの適用を目指して大型化開発を進めている。ロケット実験の概要を図4に示す。気象観測ミッションでは,4kgの実験装置を高度60kmまで打ち上げ,大気成分のサンプリングを行う。微小重力実験ミッションでは,10kgの実験装置を高度110kmまで打ち上げ,高度70〜110kmの弾道飛行の間に3分間の微小重力環境を提供する。

図4 ロケット実験の概要

 機体には翼が取り付けられており,大気圏突入後は回収地点の周囲を旋回滑空飛行しながら高度を下げる。打上げ時の抵抗を削減するため,可変翼とする。機体にはGPS装置が搭載されており,旋回方向の判断を自律的に行う。最後は,水上もしくは雪上に胴体着陸させて回収する。機体は,推進剤を再充填することにより再使用が可能である。初期重量と回収重量は,気象観測モデルで37kgおよび20kg,微小重力実験モデルで125kgおよび56kg程度となる。それぞれのモデルで0.8m2および2.2m2の翼面積により,共に40m/sの速度で滑空飛行する。燃焼室の内径は,両クラスでそれぞれ145mmおよび230mm,共に固体燃料にポリエチレンを使用し,400kgfおよび1tonfの推力を発生する。

2005年度末までに気象観測モデルエンジンの開発を終了し,その後3年程度で微小重力実験モデルの開発を行いたい。打上げ単価は,気象観測ミッションで百万円台,微小重力実験ミッションで数百万円の前半に収まると予想している。

(ながた・はるのり) 


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