No.284
2004.11

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2004.11 No.284 


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銀河団の高温ガスから元素の合成史・星の形成史を読み解く 

東京理科大学理学部第一部物理学科 松 下 恭 子  

XMM-Newton衛星で観測した乙女座銀河団中心部のX線画像

超新星爆発による元素合成

 私たちの体をつくっている元素や地球をつくっている元素はいったいどのようにして合成されたのか,ご存知だろうか? 酸素や鉄のような我々の身のまわりにある元素のほとんどは,超新星爆発によって合成され,宇宙空間にまき散らされたものである。超新星爆発とは,夜空に突然明るく輝く星であり,ある種の恒星が死ぬときの大爆発である。超新星爆発を起こす元の星の性質,つまり,重い恒星が寿命を迎えたときの大爆発なのか,軽い恒星の連星系があるときに起こす大爆発なのかにより,合成される元素の組成比が決まる。それゆえ,宇宙にどのような元素がどれだけ存在するのかが分かれば,今までにどのような超新星爆発がどれだけ起こったのか,つまり,どのような星がどれだけ生まれて死んでいったのかの手掛かりを得ることができる。

 我々は特に,銀河団や楕円銀河の重力によって閉じ込められた高温ガスに含まれる元素の量を調べることにより,元素の合成史とともに,さまざまな銀河を構成する星の形成史を調べようとしている。太陽のような恒星は,重力によりたくさん集まって銀河になる。我々が属する銀河は「銀河系」と呼ばれ,それを横から見たのが夜空を横切る天の川である。楕円銀河は,楕円形をした銀河の一種であり,我々の銀河系のような渦巻形をした銀河とは,形だけでなく,恒星の性質なども異なる。これらの銀河が数百個から数千個,重力によって集まった集団が銀河団である。

 この高温ガスの量は非常に多い。宇宙の物質の多くは,実は恒星ではなく,高温ガスなのである。例えば銀河団では,銀河と銀河の間を高温のガスが埋めつくしており,その質量は銀河の質量の数倍もある。ガスの温度は数百万度から1億度と,とんでもなく高い。楕円銀河では,質量は恒星の1%程度であるものの,数百万度のガスが存在している。楕円銀河の場合,このガスは恒星から出てきたものであり,恒星に含まれる元素の組成比と同じ組成比を持っている。従って,銀河の中で起こる超新星爆発によって合成された酸素や鉄の量を調べるためには,このようなガスに含まれる量を調べることが不可欠なのである。


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乙女座銀河団の高温ガスを観測

 物質は一般に,温度が高いほど高いエネルギーの電磁波を放射する。温度が数百万度から数千万度の高温ガスは強いX線を放射しており,我々はそのX線を観測することができる。また,このような温度になると,酸素や鉄などは強く電離され,特定のエネルギーの輝線を強く放射する。スペクトル全体の形と輝線の強度から各元素の量を知ることができる。
図1 XMM-Newton衛星が観測した乙女座銀河団からのX線スペクトル。横軸はX線のエネルギー,縦軸がそのエネルギーでのX線光子の数の分布になる。上の線は実際に検出器が受けた生のスペクトル,下の線が検出器の影響を受ける前の高温ガスが放射しているはずのスペクトルである。

 表紙は,我々から最も近い銀河団,乙女座銀河団の中心部のX線画像である。図1は,その領域からのX線スペクトルである。酸素(O)や鉄(Fe)だけではなく,マグネシウム(Mg)やケイ素(Si),硫黄(S),アルゴン(Ar),カルシウム(Ca),ニッケル(Ni)からの輝線がはっきりと検出されている。我々は,これらの輝線の強度からそれぞれの元素の量を求め,どのような超新星爆発により合成されたのか,つまりどのような星がどれだけあったのか,また,このような高温ガスに含まれる元素が,我々の近傍の天の川の星々やまた太陽に含まれる元素と同じ起源を持つかどうか調べている。

図2 乙女座銀河団中心部の高温ガスの酸素(O),マグネシウム(Mg),ケイ素(Si),鉄(Fe)の分布。横軸は半径。縦軸はそれぞれの元素の数と水素の数の比を太陽での値で割ったものである。直線の破線は可視光の観測から予測される中心にある楕円銀河の元素組成比。

 乙女座銀河団のような銀河団の中心部では,銀河団の中心に位置する楕円銀河の恒星から最近放出されたガスと,最近起こった軽い恒星を起源とする超新星爆発により合成された元素の寄与が重要である。中心から離れると,さまざまな銀河から長年にわたって,さまざまな超新星爆発により合成された元素の寄与が重要になる。図2に,乙女座銀河団中心部の高温ガスの酸素,マグネシウム,ケイ素,鉄の分布を示す。中心にある楕円銀河からの寄与により,どの元素も中心に向かってその組成比が増加している。ケイ素と鉄はその比が太陽とほぼ同一であり,同じように組成比が中心に向かって増加している。それに比べ,酸素,マグネシウムは,ケイ素,鉄よりその組成比が少ない。特に酸素の組成比は,ケイ素,鉄の半分以下である。

図3 乙女座銀河団中心部の高温ガスのマグネシウムと酸素の比(□)を鉄と酸素の比に対してプロットしてある。それぞれの点は銀河系の星の組成比である。なお,太陽の元素組成比を単位として,対数表示を行っている。

 図3では,高温ガスのマグネシウムと酸素の比を銀河系の星々の比と比べている。これらの二つの元素は,重い星が死ぬときに起こす超新星爆発によってのみ合成される。図3から,高温ガスに含まれるマグネシウム/酸素比は,銀河系の星々の比とよく一致していることが分かる。この観測事実は,少なくともこれらの二つの元素比に関しては,銀河系と楕円銀河で,超新星爆発による元素合成に大きな差がないことを意味する。

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問題はケイ素と硫黄の合成

 問題は,ケイ素,鉄に比べ,酸素の組成比が半分以下であることである。実は,超新星爆発による元素合成の標準的なモデルでは,このような組成比は再現できない。我々は,観測データから元素組成を求める際に問題となるさまざまな不定性を議論したが,結局,酸素の組成比が少ないという結論を補強しただけであった。

 軽い恒星を起源とする超新星は,主に鉄を合成すると考えられていた。我々は,実はこの超新星が楕円銀河ではケイ素もかなり合成するのではないかと考えている。楕円銀河では恒星のほとんどが古いものである。一方で軽い恒星を起源とする超新星の明るさは,系の年齢に依存することが知られている。超新星の明るさと元素合成には関係があるため,古い恒星系と若い恒星系では,軽い星を起源とする超新星の元素合成に系統的に差があるのではないかと考える。さらに我々は,銀河系においても元素を多く含むおそらく最近つくられた星は,酸素に比べケイ素を多く含んでいるらしいことを発見した。この結果は,銀河系でも楕円銀河でも,系が古くなるほど,軽い星を起源とする超新星がケイ素をたくさん合成するのではないかということを示唆する。

 もう一つの問題は,硫黄の組成比が中心から離れるほどケイ素の組成比からずれることであった。観測された領域のうち最も外側における硫黄/ケイ素比は,中心の値の半分であった。この領域では,重い星を起源とする超新星の寄与が大きいことが酸素/鉄比から分かる。ケイ素と硫黄はほぼ同じように合成されると考えられていたが,観測を説明するためには,重い星を起源とする超新星では,硫黄はケイ素ほど合成されないということになる。

 ケイ素は,しばしば重い恒星の超新星爆発により合成される元素として,議論されていた。従って,軽い恒星を起源とする超新星もケイ素を合成するとなると,ケイ素を用いた議論はかなり危険になる。重い恒星を起源とする超新星によってのみ合成される,酸素やマグネシウムの組成比が重要になってくるが,これらの元素の組成比は一般には観測が難しい。乙女座銀河団は最も我々に近い銀河団であるために,観測が可能だったのである。また,重い星を起源とする超新星では,硫黄はケイ素ほど合成されないとすると,硫黄/ケイ素比は重い恒星の超新星の寄与のよい指標となり得る。実は,硫黄/ケイ素比は観測的な不定性が少ないために,非常に都合が良い。


ASTRO-EIIに期待

 ところで,日本のX線天文衛星Astro-EIIが平成17(2005)年度以降に打ち上げられる予定である。Astro-EIIに搭載される検出器は,X線のエネルギーを今までになく精密に求めることができる。特に,銀河団などの高温ガスのように広がった天体に対して威力を発揮する。その結果,弱い輝線でもその強度を正確に求めることができるようになる。また,強度から元素組成比に変換する際の不定性も抑えることができる。その結果,さまざまな銀河団,楕円銀河のいろいろな元素の組成比を正確に求めることができるようになる。超新星による元素合成の議論や,元素の合成史,銀河の星の形成史の議論の進展が期待される。

(まつした・きょうこ) 



参考文献
Matsushita K., Finoguenov A., Boehringer H., 2003, Astronomy and Astrophysics, vol. 401, p443



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