No.282
2004.9

ISASニュース 2004.9 No.282

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スペースシャトルの罪科 

ノンフィクション・ライター 松 浦 晋 也 


 「スペースシャトルとは何だったのか」を考え続けている。

 数字で語っていこう。NASAはスペースシャトルの飛行で,搭乗員の命を脅かす深刻な事態が発生する確率を,チャレンジャー事故の時点で,400ないし500回に1回程度であると見積もっていたが,実際には113回の飛行で2回の致命的事故を起こし,成功率は98.2%だった。当初1回の運行コストは30億円とされていたが,実際には500億円を超え,コロンビア事故からの復帰以降は800億円を超えるものと見られている。当初の運行回数は年間50回を考えていたが,実際には最大でも年9回だった。当初目標と達成した実績を比べれば,スペースシャトルは明らかに大失敗作だ。

 設計を見ていくならば,スペースシャトルは失敗すべく設計されていたことが分かる。再突入時の最後の15分にしか役立たない巨大な主翼を軌道上まで持ち上げる矛盾。200気圧もの高圧燃焼を行う主エンジンを再利用することの無理。人間と貨物を同時に打ち上げる無茶。打上げ初期の固体ロケットブースター燃焼時には脱出が不可能という人命軽視。再突入時に高温となる機体下面に前脚,主脚,液体酸素・液体水素配管の接続口 dash と,5カ所もの穴を開ける愚劣。機体とエンジンは再利用,タンクは使い捨て,固体ロケットブースターは海上回収という無駄に複雑なシステム。どこを取っても成功する要素がない。

 だが,アメリカはそのスペースシャトルを,「新たな宇宙時代を拓く輸送システム」として世界中に宣伝した。世界はアメリカの宣伝にだまされた。アメリカ自身も自らをだました。今もだまし続けている。NASAのホームページにはどこにも「シャトルは失敗作だった」とは書いていない。

 だまされた結果が,宇宙開発の現状だ。1984年から計画検討が始まった国際宇宙ステーション(ISS)は,20年後の今も完成していない。シャトルによる輸送を前提とした日本モジュールは,打上げ時期が未定のままアメリカに出荷された。現在,未完成のISSを支えているのは,ロシアの「ソユーズ」有人宇宙船と「プログレス」貨物輸送船,そしてそれらを打ち上げる「ソユーズ」ロケットだ。冷戦時代の敵が,ISSの命をつないでいる。

 今考えるべきは,以下の5つだ。
「なぜアメリカはスペースシャトルのようなシステムの開発に乗り出してしまったのか」
「なぜそれを新時代を拓く画期的システムと宣伝し,チャレンジャー事故以降も態度を変えなかったのか」
「なぜ,世界中はアメリカの宣伝にだまされたのか。真実を見抜くにあたって我々には何が足りなかったのか」
「無批判にスペースシャトルを信じた結果,我々は何を間違い,何を失ったのか」

 そして dash
「スペースシャトルが大失敗作と誰の目にも明らかになった今,我々はどのようにして未来への計画を取り戻し,宇宙を目指す動きを立て直すべきか」

 だまされた当時の関係者の責任を問うことも,アメリカに過度の配慮をすることも,シャトル関連で獲得した予算枠を失う事態を恐れることも,すべて無用である。人類史的視点に基づく正しいヴィジョンを,正しい技術的洞察と正しい計画管理によって現実としていくこと--納税者たる国民に対して義務を果たすとは,つまりそういうことだろう。

 2004年8月現在,内閣府の総合科学技術会議・宇宙開発利用専門調査会で,日本の宇宙政策の骨格を議論している。その中に「我が国としては,当面独自の有人宇宙計画は持たない」「(松浦補記:20年〜30年後に向けて)宇宙の多目的利活用に資する独自の有人宇宙活動を可能とするための必要な準備を進める」とある(我が国における宇宙開発利用の基本戦略[案]8月19日版)。有人分野のみではあるが「今後10年はやらないが20〜30年後はやるかも」ということだ。

 現役でこの策定に参加する何人が,30年後に現役だろうか。子供の世代に責任をかぶせるような無責任はいけない。たかだか有人活動への第一歩程度のことは5年,長くても8年でやるべきことだ。

 私はスペースシャトルが日本にもたらした最大の弊害は,「アメリカがあの程度なんだから日本はこの程度でいい」という貧しい発想ではないかと思う。過去,著書でも書いたが,何度でも主張したい。「自分の頭で考えよう」と。

(まつうら・しんや) 


1994年7月,STS-65の打上げでオービター「コロンビア」を目の当たりにした。
2003年2月,この機体があのような最後を遂げるとは。言葉もない。

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