No.279
2004.6

ISASニュース 2004.6 No.279

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宇宙は生命に満ちている

宇宙科学研究所名誉教授 清 水 幹 夫 



 下戸の筆者がいも焼酎を飲むのですから,すさまじい話になることをご容赦。

 惑星,彗星大気から地球の原始大気も知りたくなり,その化石はその中で生まれた生命に刻まれているだろうと考えたことが発端。生命の基本的要素はアミノ酸と核酸塩基だから,両者をつなぐ遺伝コードが対象になるということで25年間にわたる研究が始まりました。当然,生命の起源が切り離せない問題でもあります。答えが出るかどうか分かりませんが,恩師の小谷正雄先生や江上不二夫先生,その門下生の方々の応援を得て突っ走るのみ。はやりの遺伝子操作や,DNAと違って壊れやすいRNA,ペプチドなどを相手にゴシャゴシャやって,出てきた結果は次の通りです。


地球の原始大気と生命をつなぐ

 まず,アミノ酸1個でも弱いながら酵素活性があります。また,遺伝コードでこのアミノ酸に対応する3個の塩基に,同一の酵素活性があります(これで二者の間に分子論的相互関係があることが,浮かび上がりました)。これらの酵素でブドウ糖を分解してその間にATPができますし(この回路は我々のと違いもっと古いもの),その先のクエン酸回路も動きます(さらにアミノ酸,核酸塩基を作ったりしますから,もはやこれらを原始地球から供給してもらう必要性もなくなります)。

 アミノ酸はユーレー・ミラーの実験などで前生的に生成しますし,塩基も数個ぐらいは同様の実験でつなげられます。塩基なら,代謝だけでなく,遺伝が可能になります。問題は,弱い酵素が働くほど濃い溶液(例えば,10〜100ミリモル)ができたかです。まず原始火山活動で煮詰めるという昔からの手があります。フリーマン・ダイソンは,木村資生の中立説の核心である巨大揺動を生命の起源に利用することを提唱しました。彼の玩具モデルはあまりにも雑で,代謝だけの生命という発想(これは生命の定義の問題です)はまったくといってよいほど受け入れられていませんが,巨大揺動でこれら酵素が濃くなったというふうに使えます。

 もう一つ,アミノ酸と塩基間の特異的親和力も強力な助けになります。片方があれば,もう一方の濃度を増します(これは,現在の生命の中心部を占めるタンパク質合成系の最も原始的な形なのです。タンパク質は,酵素つまり触媒でその濃度を増すことが,合成系の役目ですから)。この助け合いが遺伝コードワールドとも呼ぶべき最小生命分子系を形作ります。

 ついでに言うと,原始細胞状のものが固体アミノ酸群を熱してできますが,そのときアスパラギン酸のようなアミノ酸が必要で,その酵素作用を利用しているのです(ここまでのことを多少詳しくお知りになりたければ,インターネットで著者の氏名と「遺伝コード」をカップルして検索すれば,和文のホームページが見られます)。


原始の火星でも?

 ここで原始時代に分け入りましょう。いよいよ想像をたくましくします。炭素の同位体データから,光化学反応生命が39億年前に生まれたといわれます。生命発生に必要な期間は100万年という人もいますし,光化学反応は前に述べた中央代謝に毛が生えた程度なので,もっと短いかもしれません。やっと冷えた地球は火山活動の盛んなオドロオドロした環境で,まだ反応を進めるのに必要な励起分子はたくさんあり,高温なので反応速度も速い。幸いアミノ酸などの小さな分子は高温でも安定です。塩基は遺伝型であるとともに表現型(酵素という機能)を持つので,進化速度は極めて速い。いったん原始細胞が動きだせば,環境の変化に応じた,いろいろな種類の細胞分化が起こるでしょう。

 なんだ,こんなことは火星でもエウロパでも起こるではないか。いや,宇宙のあらゆる惑星系で存在したのではないか 微惑星が集まって惑星ができるなら,その表面は溶けざるを得ず,そこに有機物質を含む小惑星が最後に落ちてくれば,局所的にでも還元的な環境が形成されるでしょう(すでに太陽系の外側は有機物質に富んでいることが知られていますし,他の惑星系でもそうでしょう。炭素は宇宙のどこにもたくさんあるのですから)。上記の実験事実は,この中で原始生命形成が高い確率で起こることを示唆します。

 翻って探査の現状をみると,ヴァイキングが火星の砂に1%の水を見いだし,しかし一方,有機物質はまったく検出されませんでした。この後者を覆す発見が次の急務です(火星隕石での生命痕跡などガセネタもいいところです)。しかし,ガタガタしている人間社会が夢に向かってそんなに金を注ぎ込めるかどうか

 いずれにしても,宇宙は生命に富んでいるというのが,酔っぱらったあげくの結論です。

(しみず・みきお) 


ハレー彗星も有機物に富んでいる
(撮影:鹿児島宇宙空間観測所シュミットカメラ)


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