No.275
2004.2

ISASニュース 2004.2 No.275

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はつらつとして研究生活を楽しむために

元 航空宇宙技術研究所(NAL)業務部長 寺 田 博 之  


 最近,国内外の大学や研究機関の若い人たちと話をする機会がある。さまざまなジャンルの人たちを対象とするような場合には,聞き手の注意をそらさないように「誰でも3年でなれる世界のトップレベルの研究者」というようなタイトルで研究能力活性化のノウハウの話をする。しかし,月並みのことを言っても面白くないし,奇をてらって誤った幻想を抱かせるのも本意ではない。

 「何を言うか,この男は」といわんばかりに話を聞いてくれ,話の後の質疑も白熱する。このような状況は,まさに話し手のもくろみどおりである。

 以下の10カ条は,自らの体験も含めた話の概要である。

その1 35歳までに何かをつかめ
 アインシュタインもライト兄弟もみんな若いうちに大変な苦労をして何かをつかみ,生涯を通じた業績の根っこはすべてそこに帰拠しているといえる。50歳を過ぎて新たなことに挑戦し,至高の業績を挙げたのは伊能忠敬ぐらいのものか。35歳研究職定年制(某企業)は根拠のあることである。若い時代を無為に過ごし,収入は高いが凡庸な研究者に成り下がっている人たちのなんと多いこと。

その2 本や論文は読むな
 正確には「読み過ぎるな」である。新たな問題に挑戦しようとするとき,書をひも解くのは当たり前のこと。しかしほどほどにしておかないと,すべて重要なことが先人たちによって解決されていて残っているのは落ち穂だけのように気後れがするのみならず,アプローチの方法も先人の手法に引きずられることにもなる。それでは二番せんじということになる。要は,まず自らの頭で考えよ。その上で推論を積み上げ,理論を展開し,結果を世に問う段階で先人の論文を読むようにすれば,どこかに必ず自らのオリジナリティが存在するはずである。独自の境地はそこから展開される。

その3 世界に通ずる研究の種は足元にいくらでも転がっている

その4 右脳が得意な者は右脳で,左脳が得意な者は左脳で勝負せよ
 研究のやり方には大別して2種類ある。その一つは他者によって発見された原理・法則やモデルを緻密な計算や工夫によって実学や製品に仕上げていくタイプ(日本人に多い左脳派),他の一つは事象の観察と自由な発想によって新たな法則や仮説を考え出すやり方(欧米に多い右脳派)である。物理・数学がそれほど強くないからといってあきらめることはない。この二つは科学技術の発展にとっては車の両輪のようなもので,いずれも大切であるが,私には右脳派の業績の方が息長く多くの人たちに利用されるものが多いように思える。

その5 教師の言うことは疑ってかかれ
 子供のころ,先生は何でも知っていて何でも正しいと信じて疑わなかった。しかし本当は,人類が自然界の森羅万象のうち知り得たのは,「葦のズイから天をのぞく」がごとく,ほんのわずかにすぎない。「昔の常識は今の非常識」ということも少なくない。まず疑うことから新しい発見が始まる。

その6 孫子の兵法は誤りなり
 「敵を知り己を知らば百戦危うからず」(彼我の勢力に大差があれば無駄な戦いは避けよ,の意と解釈)。しかし,研究は命のやりとりの駆け引きではないから,「我が駆け出し」,「彼が偉大な研究者」と彼我の差が大きいほど,千載一遇のチャンスとばかりファイトをかき立て,1日も早く対等な議論ができるよう自分を磨けと説く。

その7 優れた先達を見つけ,その手法を盗め

その8 物事には予測をもって臨め,そしてそこから外れた事象を無視するな
 実証実験に臨んでは,所定の手続きで漫然と行うのでなく,理論的予測をもって臨むこと。そして予測から外れた結果だからといって「切り捨て」の理由を探し回るのはよくない。十中八九,それは実験や仮定の不備によることが多いが,残りの中にとんでもない宝の発見がある場合もある。偉大な発見のきっかけはこのような注意深さによることが多い。

その9 研究作業と研究を混同するな
 近年,プログラミングと格闘したり,電子顕微鏡や望遠鏡をのぞいている毎日が充実した研究生活と思っている若者たちをよく見掛ける。それらは研究上欠くことのできない時間と手間の掛かるプロセスであるが,あくまで研究作業であって研究そのものではない。作業の段階へ持っていくことができれば,研究は半ばを過ぎたようなものである。命題を考え,条件を考慮し,解決の方策を見いだすまでの集中・呻吟の過程こそが研究の真髄である。その状況は,他人には,所在無くおりの中を右往左往する熊のようにも映るかもしれない。しかし,このように集中した時間を1日5分でも持つことができれば,研究者として充実した日々といえる。

その10 天邪鬼たれ
 人格的な天邪鬼はいただけないが,研究の発想においては他者の言うことを鵜呑みにせず,常に天邪鬼を心掛けると発想が豊かになる。

と,こんなふうである。

 えっ 「これじゃまるで楽して過ごしてきた筆者の自己弁護が見え見えじゃないか。せっかくの焼酎がまずくなった」ですと 恐れ入りました。「ISASニュース」の他の欄に目を通して飲み直していただければよろしいかと。

(てらだ・ひろゆき) 

北京航空航天大学の教授たちと。向かって右から2番目が筆者。



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