No.271
2003.10

ISASニュース 2003.10 No.271

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セルシウスの温度計 

共通基礎研究系 市村 淳  


リンネが暮らしたウプサラの町へ

 7月下旬,スウェーデンのストックホルム大学で開かれた「第23回 光・電子・原子衝突国際会議」に参加してきた。この会議は1年おきに開催されており,原子物理・原子衝突の分野で最も規模が大きい。今回も48の国と地域から710名が参加し,90件の講演と1000件を超えるポスター発表が行われた。本会議の前後には,つの衛星会議が,近隣諸国およびバルト海上で開かれている。新しい話題から刺激を受けるとともに,分野を全体的に眺める良い機会であった。

 この会議では伝統的に,1週間の会期の途中に週末を挟むように日程が組まれている。参加者は,土曜と日曜の2日間,自由に行動することになる。私は土曜日,ストックホルム中央駅から急行電車に乗ってウプサラに遊びに行った。ウプサラは,1477年創立の北欧で最古の大学を中心とする落ち着いた町だ。古くは植物学者のリンネで有名である。現代においてもノーベル賞受賞者を7名輩出しているそうだ。そういう歴史を体感したいと思った。

 駅を出て,にぎやかな広場を通り抜け,川を渡って歩いていくと,2本の尖塔が印象的なゴシック様式の大聖堂がそびえている。ここは13世紀以来,スウェーデン大司教の本拠であり,国王の戴冠式が行われていた。大聖堂の正面に向かい合うように,不思議な建造物がある。左右対称な建物の中央部分にキューポラを載せ,さらにその屋根の頂点に球形の飾りが付いている。ここが目当てにしていた,グスタヴィアヌムと呼ばれる博物館だ。もともとは17世紀に建てられた校舎であったが,今は改装されて大学博物館になっている。

 3階の一角に,18世紀から19世紀にかけての物理の実験装置が展示されていた。検電器やプリズムを使った分光器といった,理科の実験室にあるようなものだが,当時の最先端の装置だった。教科書で学ぶ光や電気・磁気の理論が,本当にこういう器具を工夫しながら形作られてきたのだと思うと,感慨深い。


温度計の変遷

 片隅の展示ケースに,さりげなく温度計が置いてあった。目盛りを振った木の板に水銀柱が取り付けてあり,今日でも見かけるレトロな寒暖計のスタイルだ。これは,天文学の教授だったセルシウス(1701〜44)が作った温度計である。例えば,「気温が10度を下回って寒い」というように,私たちが普段使う温度()はセルシウス(中国語では音訳して摂璽修,つまり摂氏)が導入したものであり,この温度計に基づいている。

 ものの本によると,温度計を最初に考案したのは,ガリレイとその友人のサグレドらしい。倒立したバルブ内の液体(水かワイン)の高さ(つまり蒸気圧)を見て温度を測ったと言われている。その後,いろいろなタイプの温度計が工夫されたが,精度が不十分なことと,目盛りに客観性を欠いていたために,正確な測定を行うには無理があった。この欠点を克服したのが,北ドイツに生まれ,商人としてオランダに渡ったファーレンハイト(中国語では華倫海,つまり華氏)である。彼は,広い温度範囲で液体である水銀に注目し,その熱膨張を利用した温度計を作った。オランダでは以前からガラス器具の技術が発達していた。彼はその技術を身につけ,気象機器の製作を仕事としていたため,気圧計の水銀柱の高さが温度に左右されることを知っていたらしい。彼はさらに,「水と氷と塩化アンモニウムの混合物から得られる,最も厳しい寒冷」の温度を0度とし,氷点を32度とする目盛り(華氏温度,V)を定めた。


沸点0度,氷点100度の温度計

 しかし,この目盛りでは,もっと高い温度を正しく測れない。水の氷点を0度,沸点を100度とするアイデアは以前からあったようだが,それを実現するのは容易でなかった。沸点が気圧によって変化するからである。セルシウスは,水銀気圧計を使って,気圧を測定しながら沸点を定めた。それによって,誰がどこで作っても,温度計が同じ温度を示すように目盛りを振ることができたのである。

 博物館の土産売り場に,この温度計の絵はがきがあった。買ってきた絵はがきをよく見ると,板の上の方にという数字が見える。つまり,セルシウス自身は,沸点を0度,氷点を100度としていたようだ。これを現在のように逆にしたのはリンネだったらしい。セルシウスは,「90度を超えて寒い」と言っていたのだろうか。

(いちむら・あつし) 


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