No.271
2003.10

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2003.10 No.271 


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高度50km以上を目指す気球の研究 

大気球観測センター 山 上 隆 正  

 10kg程度の軽量観測器による科学観測を50km以上の高度でdash 。要望が出たのは1991年のことであった。高度50km到達はこれまで経験がなく,気球工学としてどのような研究・開発が必要かが話し合われた。この高度の達成にはシステム全体の見直しが必要で,気球本体はもちろんのこと,気球製作方式,気球頭部保持方式,放球方式,基本搭載機器の軽量化に至るすべてに対して,従来の利点を生かしつつ新しい発想の下に開発・研究を進めることになった。

 高度50km以上まで飛翔させるための必要条件は,
(1) 気球本体の自重をいかに軽くすることができるか
(2) 気球飛翔環境に耐え得る大容積の気球を高い品質管理の下で安定に製造することができるか
(3) 気球に損傷を与えずに,保持することができるか
(4) 大容積の薄膜型高々度気球を安全・確実に放球することができるか
(5) 限られた搭載重量の中で,気球に搭載する基本搭載機器である送信機,テレメータ,コマンド,バラスト弁などの軽量化・小型化および低消費電力化が実現できるか,
である。

(1) の実現は,ポリエチレンフィルムをいかに薄く,かつ気球飛翔環境である-80℃以下でも伸びがあるポリエチレンフィルムを開発できるかにかかっている。
(2) については,従来の長さ2m程度の電磁石圧着型熱接着機による気球製作では,十分な品質管理下での製造が困難である。それを解決するためには,工場の広狭にかかわらず高い品質管理下で連続した熱接着が安定してできる新しい接着機の開発が必要となる。
(3) の問題では,大容積の気球になると総浮力が50kg以上となり,気球頭部を人の手で保持することが困難となる。人の手のひらと同じ感触で気球に損傷を与えることなく,気球頭部の保持ができる装置の開発が必要となる。
(4) は,狭い三陸大気球観測所の飛揚場の拡張も視野に入れた,日本独特の放球方式の研究開発ができるかにかかっている。
(5) に関しては,電池も含めた基本搭載機器の重量を全搭載重量の約1割1kg程度に軽量化することを目指す。

 以上5項目の研究開発を進めることによって,高度50km以上まで飛翔可能な薄膜型高々度気球の開発が始まった。


気球製作用接着機の開発

 1991年度は熱接着機の開発から研究を始めることとした。従来の日本における大気球製作は,長さ2mの電磁石圧着型熱接着機で行っていた。この接着方式は取り扱いが簡単で,メートル単位の接着方式のため,限られた空間での接着には適しているが,散発的な接着方式であるため気球製作に時間を要し,長さ100mを超す大容積の気球製作に適した接着装置とはいえなかった。そこで,連続接着が可能で接着中でも任意の位置で停止・開始の機能を持ち,製作場所の広狭によらず,大きな気球を能率良く高い品質管理下で製作できる自走式新型ベルトシーラ接着機を開発した。開発した接着機は,接着温度を92〜250℃に設定でき,温度精度は比例制御方式を用い,±1℃以下とした。接着圧力は0〜2kg/cm2の範囲で設定でき,フィルム膜厚20〜3μmまで幅広い接着が可能である。この接着機は0〜6m/分の速度で連続熱接着が可能である。図1の新型ベルトシーラは特許も取得した気球製作用接着機で,高い品質管理下で気球製作が行えるようになった。


図1 新型ベルトシーラ


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薄膜型気球保持装置の開発

 気球容積が大きくなると総浮力も大きくなり,人の手による気球頭部保持は不可能になる。そのため,人間の手のひらを想定した気球頭部保持装置の開発が不可欠で,エアーバッグを用いた気球保持装置を開発した。装置は図2に示す通り,気球保持用エアーバッグ,エアーバッグ固定保持円筒板,円筒板の解放用電磁石などで構成される。エアーバッグに空気を注入し,総浮力に見合う圧力を加えることで気球を保持する。開発した装置は,フィルム厚3.4μmの気球でも皮膜に損傷を与えずに保持することができる。


図2 気球保持装置



大型放球装置の開発

 開発した大型放球装置は,直径6mの回転テーブル上に固定され,回転により地上風の風向に合わせた放球ができる。観測器を置く4m×3mの台は昇降機により5mの高さまで観測器を持ち上げることで,5m/sまでの風速下でも放球ができる。図3に示す大型放球装置の完成によって,気球を完全に伸展した状態で放球することが可能となった。ダイナミック放球方式とほぼ同じ方式であるが,観測器を放球するランチャーが固定されており,飛揚場が狭い日本独特の放球方式が完成した。われわれは,この放球方式を「セミダイナミック放球方式」と呼んでいる。


図3 大型放球装置



基本搭載機器の軽量化

 テレメータについてはシリアル出力型ADCを用いたPCMエンコーダ回路の開発,コマンドは符号の複数回一致方式を用いたPCMエンコーダおよびデコーダの開発,バラスト弁はソレノイドによる永久磁石の移動方式の開発などを行うことにより,基本搭載機器重量を1kg以下にすることに成功した。

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3.4μm ポリエチレンフィルムの開発

 インフレーション製造法で高活性チーグラー触媒を用いた方式では,5.6μm以下の厚さのフィルムを作ることができなかった。1995年ごろよりメタロセン触媒の研究が行われるようになり,われわれはこの触媒に着目し,1997年より超薄膜ポリエチレンの開発を始めた。従来のポリエチレンと比較して次のような特徴がある。

(1) メタロセン触媒はコモノマー組織分布が均一であるため,低分子量高コモノマー成分が極めて少なく耐ブロッキング性に優れている。また高分子量低コモノマー成分が少ないため,低温シール性および透明性に優れている。
(2) 分子量分布が狭いため,均一な成形加工ができる。
(3) 均一なコモノマー分布と狭い分子量分布により,衝撃強度,各種機械的物性に優れている。

 このような特徴を生かし,最終的に世界に先駆け厚み3.4μm,折径80cmの新ポリエチレンフィルムを開発することに成功したのが1998年暮れのことであった。開発したフィルムの機械的性能は,常温で破壊強度が400kg/cm2,伸びが500%であり,-80℃で破壊強度が650kg/cm2,伸びが200%と気球飛翔環境下で十分使用できる性能を有している。

 1999年9月,この超薄膜フィルムで製作した容積1000m3の気球が高度37km到達に成功し,超薄膜型高々度気球誕生の記念すべき実験となった。薄膜型および超薄膜型気球大型化開発の経過を図4に示した。


図4 高々度気球開発経過


 2001年の晩秋までに,気球工学班で議論された研究・開発項目はすべて期待した良好な結果を得ることができた。そこで,2002年度に世界最高到達高度を目指した容積6万m3の超薄膜型高々度気球(BU60-1号機)を開発し,飛翔性能実験を行うことにした。


BU60-1号機の飛翔実験

 開発したBU60-1号機は,自重34.37kg,長さ74.5m,直径53.7mであり,パラシュート・荷姿0.8kg,観測器4.6kgを含んだ総重量は39.77kgであった。観測器には,気球が膨張していく様子を撮影する2台の小型ITVカメラ,高度の計測にはソニー製のGPS受信機を搭載した。

 BU60-1号機は,2002年5月23日6時35分に気球実験班および気球関係者の夢を乗せて三陸大気球観測所より放球された。放球方式は,開発した気球保持装置と大型放球装置を用いたセミダイナミック放球方式で行った。気球は毎分260mの上昇速度で正常に上昇し,10時7分に最高高度53.0kmに到達した。図5GPSによる気球の高度曲線,図6に気球の満膨張の様子を示した。


図5 BU60-1号機高度曲線



図6 満膨張の様子



「高度60km」を合い言葉に

 世界に先駆け開発した厚さ3.4μmフィルムを用いた容積6万m3BU60-1号機は,高度53.0kmに到達することに成功した。この高度は,1972年にアメリカにおいて容積135万m3の超大型気球で達成した高度51.8kmの世界記録を30年ぶりに更新するものであった。この成功は,フィルムの開発,気球製作用接着機の開発,気球保持装置の開発,気球放球装置の開発,セミダイナミック放球方式の開発および基本搭載機器の軽量化の研究が実を結んだものと考えている。

 現在気球工学班は,「高度60km」を合い言葉に,気球材料であるレジンの研究,フィルム製造方法の改善を行っており,この夢も近い将来実現できるものと確信している。

(やまがみ・たかまさ) 


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