No.261
2002.12

ISASニュース 2002.12 No.261

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浦臼町とミクロコスモス

小田島 敏朗  

 北海道の中央部を流れる石狩川沿いに,浦臼町(空知管内)と言う小さな農村が広がっている。人口2,650人。基幹産業の稲作が洪水による離農や減反政策で大きな打撃を受け,人口は昭和30年代のピーク時(約7,500人)から減り続ける一方,65歳以上の高齢化率が人口の3割を超える,典型的な「過疎と高齢化」の町である。

 この浦臼町で,「宇宙医学」を切り口とした高齢者対策の健康診断事業が3年前から展開されている。ひとつの取り組みが「フィールド医学」。医者が診療所で患者を診断するのではなく,高齢者がフィールド(地域)で生活している状態で「日常生活機能」を多角的に調べ,リハビリや生活,栄養指導で「機能障害」を克服しようという取り組みで,京都大学の松林公蔵教授が事業を指導する。立って活動することが少なくなる高齢者には
(1)筋力の衰え
(2)骨からのカルシウムの流出
(3)体液の循環不順による顔のむくみ
などの症状が現れるが,これは無重力環境で宇宙飛行士に現れるものと同じ症状で,宇宙医学による発生のメカニズムの解明と対策の知見を地上の高齢者医学に応用しようという,新しい医療分野だ。

 2年前からは「時間医学」による新たな挑戦が加わった。町民に1週間,携帯型血圧計を装着してもらい,日中は30分おき,夜間も1時間おきに血圧を計測し,そのデータから心臓病や脳梗塞を予防しようという試み。人間には天体の運行によって影響を受けるさまざまな生体リズム(月経など)や体内時計を持つことが知られている。例えば,血圧の数値は日中の活動とともに上がり,活動が収まる夜間になると下がるが,そのパターンを継続的に調べることで慢性疾患の原因を突き止めたり,心臓病の発病率などが予知できるという。こちらは東京女子医大の大塚邦明教授がインターネットで送られる測定値を東京でチェックする一方,定期的に町内で健康診断を行っている。

 先駆的な高齢者医療と浦臼町を結び付けたのが,幕末の志士・坂本龍馬だというのが面白い。浦臼町の開祖の一人は龍馬の甥に当たる坂本直寛だが,高齢者プロジェクトで地元の窓口を勤める道立衛生研究所の矢野昭起・健康科学部長が高知県の出身で,高知県人会で山本要・浦臼町長から「高齢者の予防医学」の相談を受けたことから,松林,大塚両教授を紹介した。3人30代のころ,国立高知医大で一緒に研究に取り組んだ仲間だったという。

 宇宙医学が高齢者健康診断にどのような成果をもたらしたかは,今後のデータの蓄積と分析を待たなければならないが,「フィールド医学」では痴呆と認定された老人数人が「正常」に戻ったとされるほか,「時間医学」では緊急手術が必要な房室完全ブロック患者の発見や,夜間に血圧の下がらないノンディッパーを複数見つけるなどの成果を挙げている。

 一方で課題も浮き彫りになっており,重さ220gの携帯型血圧計には「重い」,「うるさい」,「寝付けない」などの苦情が町保健センターに寄せられている。そこで,課題の解決に乗り出したのが今年6月,北海道内の宇宙科学研究者らによって設立された「北海道宇宙科学技術創成センター」(HASTIC)。フィールド医学の事業化を目指したワーキンググループが,
(1)携帯型血圧計の軽量,省力化
(2)健康情報のGPS送信システムの構築
(3)コンピューター管理による広域的な健診体制の確立
などをテーマに意欲的に開発研究を進めている。

 「なぜ,宇宙を研究するの」。11月9日,札幌で開かれた宇宙研の「宇宙学校・北海道」で小学生に尋ねられた的川校長は「外の世界を調べる知的好奇心もあるけど,宇宙から地球を見て自分の世界を知ることにもつながる」と答えたが,「宇宙空間での人体を調べることも,地上の加齢現象を知ることにつながるのか」と納得させられた。浦臼町のお年寄りの体にも,「内なる宇宙(ミクロコスモス)」があるに違いない。

(北海道新聞情報研究所 おだじま・としろう) 


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