No.253
2002.4

ISASニュース 2002.4 No.253

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CEE (Centro de Estudios Espaciales )滞在

戸 田 知 朗  

 チリの印象は朝。日本を夕方に出て翌日の夜に着く勘定だから,初めてのチリは誰しも涼やかな朝として映る。それでも日差しは既に強く,澄んでいる空も乾き切っている。そして,南半球の夏に一歩進んで空気を吸えば,動き出す人々の活気のままに自身も奮ってその日を送り,地球の裏側である日本のためには夜中まで残って,結局は出発から48時間以上を若さの証しとして耐え抜くのだ。若さを諦めればその限りではないのに,体がひとりでに消耗戦へと向かってしまうのは,研究生活から得た病気というもの。ALMA計画のために同国を訪れる国立天文台の自称若人たちも無意識に同じ病因を抱えているに違いない,と勝手な想像をする。NASDAも含め,宇宙を見上げる人々にとってこの国は,実は存外近しい国なのである。

 今回はDASH実験の支援のためにCEEに来た。空港からホテル経由で,そのままCEEに向かってしまう。空港は首都サンチャゴの西,CEEは首都の北東,ロスアンデスという町の手前にある。高速道路を飛ばして約1時間の距離。チリには馴染みの葡萄畑と果樹園を過ぎたころ,低木の茂みが疎らに散らばって開けて閑散とした大地に数基のアンテナが見え始める。山肌も岩や礫が露わで,植物の緑は艶なく力強いというような世界。確かに厳しい自然環境なのだが,そこに暮らす人々の気持ちの温かみによって幾分和らいで見える。旧来の3基に加えてNASDA2基の新しいアンテナの白が鮮やかである。扁平な所内の建物に比してこの3基は一際高く聳えていた。

 敷地内には鮮やかな緑が多い。毎日水を撒いて人工的な芝と樹木は漸くに生き延びる。夏季は予報いらずの快晴続きであるこの乾いた地域では,こうでもしなければ植物は足りない。滞在中も快晴ばかりで,折からの近隣の山火事のために首都から遠いこの局の空も霞がちであった。それでもアンデスの恵みか,抱える水脈は豊富のようで緑のためには惜しみなく水を振舞う。

 CEEはチリ大学の所管ではあるが,独立採算で自立の自負から醸し出されるのか,自由な雰囲気がとても気に入っている。そこに暮らす人たちは開放的で気さくなCEE村の人たちである。CEEの人々を知っている私には,仕事上も万事情報を共有して何の心配もなく彼らを信頼していい。この実験支援も結果からいってその通りであったと思う。慣れ親しんだ時代物の機械を大切に繰り,誇りと勤勉を忘れないその性格は付き合っていてとても気持ちがいい。彼らが気難しくなく陽気だという点を除けば,恐らくこういう人々には日本の町工場でも出会えるに違いないのだが,私にはとても懐かしく思えた。

 職員は皆,退職後の生活を考え始めておかしくない年齢層の人々であるが,丈夫であり仕事熱心である。仕事柄しようがなくもあるのだが,昼夜を分かたず徹するのを躊躇しないのは私には寧ろ珍しかった。私の初めて知ったコロンビア人は,絵に描いたような南米気質だったから。どこへ行っても昼寝(シエスタ)は欠かさず,時間外労働は道徳悪であるという生活スタイルを守っていた。なるほど,必要以上に働くのは心を貧しくするだけだと彼らのいうのは,日本について思い当たらなくもない。当時も今も変らない私が,まもなく彼らに呆れられたのはいうまでもない。でも,探究心による研究者の疲労癖ばかりは純粋に別物だと思っている。何にせよ,これは彼らからすれば病であった。一方,チリには昼寝の慣習がないばかりか,仕事が生活上の必要悪であるという気分は微塵もない。健康的に好んで仕事をする気風がを感じた。思えば,この南米にあって一時の軍政の混乱はあったものの経済的に最も安定してきた国はこのチリばかりである。彼らは,チリに根付いたスペインの移入者に北方のバスク出身などが多かったから変っているのだという。

 この国の来年の葡萄酒は上々のようである。彼らが葡萄酒で祝してくれた私の健康は,研究生活にだけは当分訪れそうにない。

(とだ・ともあき) 


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