No.251
2002.2

第3章 ブラックホール  

ISASニュース 2002.2 No.251 


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- No.251 目次
- はじめに
- 「あすか」の軌跡
- X線天文学の予備知識
- 第1章 X線で探る星の世界
- 第2章 天の川銀河とマゼラン星雲
- 第3章 ブラックホール
- ブラックホールを区別する
- X線で探るブラックホールの素顔
+ 中質量ブラックホールの発見
- 巨大ブラックホールの重力を感じた?!
- 活動銀河核
- 第4章 粒子加速と宇宙ジェット
- 第5章 宇宙の巨大構造と暗黒物質
- 第6章 X線天文学はじまって以来の謎に迫る
- 「あすか」からAstro-E2へ

- 宇宙科学研究所外部評価要約
- 編集後記

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■中質量ブラックホールの発見

 前記のように,私たちの銀河系内のX線連星の観測により,太陽の10倍程度の質量の「恒星質量ブラックホール」が存在することがわかってきました。いっぽう,多くの銀河の中心には,太陽の数百万倍以上の質量をもつ「巨大ブラックホール」が存在することが知られています。では,両者の中間の質量をもったブラックホールは存在するのでしょうか。

 太陽の数十倍以上の質量のブラックホールは,星の進化ではできないとされており,実際,私たちの銀河系内にはひとつも見つかっていません。けれども「あすか」の観測よって,別の銀河には太陽の30倍から100倍,そしてときには1000倍もの質量をもつブラックホールが存在することがわかってきたのです。

 このようなブラックホール dash 恒星質量ブラックホールと巨大ブラックホールの中間の質量を持つので「中質量ブラックホール」とよぶことにします dash が存在するということは「ブラックホールは成長する」ことを示しており,巨大ブラックホールの種といえるでしょう。実際,観測の進歩に呼応するように,恒星質量ブラックホールから中質量ブラックホールが作られ,巨大ブラックホールへ進化する(大きくなっていく)という理論的シナリオも描かれはじめています。「あすか」に端を発する中質量ブラックホールの研究は,観測・理論の区別なく多くの研究者によって注目され,単に新しいX線天体の発見にとどまらず天体物理学に対して大きな意味をもっているのです。

○少し重たいブラックホールがいっぱい
   〜太陽の30 - 100倍の質量のブラックホール〜

 X線観測がはじまった当初から,いくつかの銀河には非常に明るい謎のX線天体があることが知られていました。その明るさは,私たちの銀河系内で見つかっている明るい恒星質量ブラックホールのさらに10倍にもなります。「ものが落ちる」ことによって輝くブラックホールの明るさには上限値があり,それはブラックホールの質量に比例します。ですから,このような非常に明るいX線天体がブラックホールだとすると,恒星質量ブラックホールの10倍,すなわち太陽の約100倍の質量のブラックホールが存在することになるのです。この仮説をどうやって検証すればよいのでしょうか。鍵は,恒星質量ブラックホールと同じようにブラックホールのまわりの降着円盤からの放射がみえるかどうかです。過去の衛星では性能不足から,謎のX線天体の正体に迫ることはできませんでしたが,X線の撮像と分光を同時に可能にした「あすか」は,この目的にうってつけです。「あすか」による12個の非常に明るい謎のX線天体の観測データを解析した結果,そのほとんどが降着円盤からの放射でみごとに説明できることがわかりました(図26)。どうやらこの宇宙には,太陽の30 - 100倍もの質量を持ったブラックホールが数多く存在するようです。

図26:「あすか」による観測で得られた,渦巻銀河IC342中にある謎のX線天体のスペクトル。赤色が観測データで,青色で示した降着円盤からの放射のモデル(いろいろな場所からの放射があわさったもの)とみごとに一致しました。

 「あすか」はまた,これらの明るいX線天体がいくつか際だった特徴をもつことを明らかにしました。ひとつは降着円盤の温度で,温度が最も高いいちばん内側では1000万度以上にもなります。円盤からの放射は中心天体の特徴を反映し,面白いことに天体が軽いほど温度が高くなります。1000万度という高い温度はブラックホールよりも軽い中性子星の周りの円盤に近い温度です。中心天体は重いブラックホールと考えられるのに,どうしたことでしょう。一つの説明は,中心天体が自転しているということです。X線で探るブラックホールの素顔』で説明したように,もし中心のブラックホールが高速で自転していると,円盤はより内側までのびるので,温度が高くなるのです。

 また,X線放射の時間変動から,物質が中心天体に落ちていく速度がふつうのブラックホール連星に比べてかなり速い,という示唆も得られています。この理由もまだ確立はしていませんが,ブラックホールの自転に関係した事柄,たとえば円盤の高い温度が引き金になっていると考えられています。さらに観測を進め,物質が降りつもっていく量やブラックホールの質量と自転を考えることで,銀河系内のブラックホール連星から銀河系外の中質量ブラックホールまで,統一的描像で説明できるのではと期待しています。

(水野恒史) 

○もっと重たいブラックホール
   〜太陽の1000倍の質量のブラックホール〜

 1993年,私たちは「あすか」でおおぐま座にあるスターバースト銀河M82を観測しました。スターバースト銀河とは,星を爆発的に生成している銀河です。星は質量が大きいものほど寿命が短いので,大質量星は生まれてすぐに寿命を終えて超新星爆発を起こします。その結果,スターバースト銀河は超新星爆発の頻度が高く,そのため星間ガスが約1000万度に熱せられ,X線を発生します。超新星爆発は宇宙の元素合成の現場なので(『超新星爆発の痕跡と星の化石』『銀河・銀河団の高温ガスの化学進化と暗黒物質』参照),私たちの当初の目的は,高温ガスを観測し,どの元素がどのくらい作られているのかを測定することでした。

 さて実際に観測データを分析してみると,期待通り約1000万度のガスからのX線が確認され,中に含まれている各種の元素量も測ることができました。この時測定された元素量は,宇宙の化学進化を考える上で深刻な問題を提起したのですが,私たちはさらに別の謎を発見しました。高温ガスよりもさらに短い波長のX線で明るく輝く,正体不明の天体を見つけたのです。

図27:1996年4月24日のM82銀河のX線天体の明るさの時間変動。横軸は観測を開始してからの時間,縦軸は「あすか」で単位時間に検出されたX線光子の数。0.1カウント/秒がほぼ太陽1000万個分の明るさに相当。

 このX線天体の正体を暴くべく,1996年に私たちは「あすか」でM82銀河9回観測し,その明るさが時間変動することを発見しました(図27)。その変動は,数時間のうちに太陽数千万個分に相当する明るさが変わるほど激しいものです。このような激しい時間変動はブラックホールに特徴的な現象です。しかし恒星質量ブラックホールにしては激しすぎます。では銀河中心にあるような巨大ブラックホールなのかというと,私たちの結果以外にM82銀河に巨大ブラックホールの存在を示唆する観測結果はまったく存在しないのです。私たちはM82銀河に非常に風変わりなブラックホールが存在しているという手掛かりをつかんだわけです。

図28:「チャンドラ」衛星で撮影した中質量ブラックホールのX線写真。M82銀河の中心から角度で9秒,距離約500光年離れています。三つの矢印は同時に発見された恒星質量ブラックホール。

 1999年,米国が詳細なX線写真を撮影できるX線天文衛星「チャンドラ」を打ち上げ,1999年2000年2度にわたりM82銀河を観測しました。そのデータは観測直後から全世界に公開されましたが,「あすか」で謎のブラックホールの手掛かりをつかんでいた私たちは,この天体が恒星質量ブラックホールと巨大ブラックホールの中間の質量を持つ「中質量ブラックホール」であることを,世界の誰よりも早く突き止めることが出来ました(図28)。現在確実な「中質量ブラックホール」はこのM82銀河で発見された例が唯一です。今後,X線観測から数多く発見するとともに,「すばる」望遠鏡などの観測や理論の助けを借りながら,中質量および巨大ブラックホールの誕生と銀河進化の過程を明らかにしていきたいと考えています。

(松本浩典,鶴 剛) 


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巨大ブラックホールの重力を感じた?!
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