No.249
2001.12

ISASニュース 2001.12 No.249

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第5回

宇宙ステーションにおけるマランゴニ対流のカオス化と
                    その制御実験

東京理科大学 河 村 洋  

 最近,国際宇宙ステーションの建設が本格化し,米ロの3人の宇宙飛行士も,常時宇宙に滞在するようになりました。私たちの研究室は,日本実験モジュールJEM(通称「きぼう」)における流体物理実験を提案し,現在,“ベースライン化”された実験テーマとして,その準備を進めております。

 宇宙における材料生成とその際の表面張力差に起因する対流の重要性については,本稿の読者諸氏には,改めて申し上げることはないと思いますが,話の導入として,ごく簡単に述べさせていただきます。溶融原材料に自由表面が存在し,かつ温度差が存在すると,温度差マランゴニ対流が発生します。さらにこのとき,温度差がある臨界値を超えると,流れは不規則に振動することが知られています。このような振動流は,形成される材料に好ましくない影響を及ぼすとともに,流体力学的にも非線形性を有する熱流体現象に関する重要な研究課題を含むものです。

 当研究室ではそのための準備研究として,2本の円柱ロッドの間に溶けた材料を模擬した液柱を形成し,その両端に温度差をかけることにより発生する流れ場について,実験とコンピューターシミュレーションの両面から研究を行っています。温度差が非常に小さい場合は,液柱内の流れ場は,中心軸を対称軸とした周方向に均一な構造を持つ2次元定常流となりますが,ある温度差を超えると,3次元的な流れ場へ遷移します。図は,さらに温度差を上げていったときの,上端面から見た流れ場の様子(液柱の直径:5mm),温度振動の時間波形,そのフーリエスペクトル及び遅れ時間法によって再構成した3次元擬位相空間を示しています。これより,温度差の増加とともに,種類の異なる脈動流・回転流が現れ,最後にはカオス的な流れ場へと遷移していくことがわかります。しかし,このようなカオス化の過程は,まだほとんど解明されていないため,今後,この種のカオス化過程について,実験及び数値シミュレーションの両面からの研究を進め,宇宙ステーションの実験に備えようとしています。さらには実用的な観点から,このような振動現象を発生させないことが重要なので,この現象の制御も重要な課題として,研究を進めています。

 最後に,宇宙ステーションに向けての実験を準備していく立場の研究者側として,日頃考えていることを述べさせていただきます。このテーマが選定されたのは1993年ですから,提案時からはすでに約10年になります。当時,筆者は微小重力に関してはむしろ素人で,一般の流体力学,とくに乱流の研究をしておりました。そのときには計画がこんなに遅れるとは予想していませんでしたが,それでも結果を得るのは何年か先になるのだから,そのときにも価値のある研究テーマを提案しなければならないと考えました。その際,最大の競争相手はコンピューターであると思いました。数値計算で出来てしまうことを宇宙に行って実験する必要はないと思ったからです。そのためには,線形的な現象でなく,非線形な複雑現象を研究対象とすべきと考え,「カオスとその制御」を主要なキーワードとしました。その後,宇宙ステーション計画は予想以上に遅れたのに対し,コンピューターは予想通りに進歩しました。この間,線形的な現象に対しては,すでにコンピューターは,地上実験の結果をかなりよく再現するようになりました。しかし,非線形な現象については,依然,実験を必要としています。宇宙ステーションでの実験はまだ数年先と予想されます。当研究室では,その時点でも意義のある実験を実施するため,地上実験と数値シミュレーションの双方から準備をすすめて行きたいと考えています。また,長年にわたって一つのテーマについて研究へのモティベーションとアクティビティを持続していくことは,容易なことではありません。これは,大学の一研究室のみで出来ることではなく,関係各位のご協力とご支援が必要です。これについて,これまでのご協力を感謝するとともに,今後とものご支援をお願いする次第です。

(かわむら・ひろし) 

  液柱内対流場の例
  (液柱アスペクト比:A = H/D = 0.32,モード数m = 3)
  マランゴニ数Maに関し
  (a) Ma = 3.4エ104, (b) 7.7エ104, (c) 9.6エ104  の下での,
  (1)対流場(上方より観察),
  (2)表面温度時系列,
  (3)表面温度フーリエスペクトル,
  (4)擬位相空間ダイヤグラム


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