No.248
2001.11

<研究紹介>   ISASニュース 2001.11 No.248

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用語解説
超音速電離ガス流









プラズマダイナミクス
















地球電離圏・磁気圏


双極子型磁場

探査衛星による宇宙・惑星プラズマの直接観測

立教大学理学部物理学科 平 原 聖 文  



 最近の大学生(物理学科)は「スプートニク」(1957年)は勿論のこと,「ガガーリン」(ウォストーク1号1961年)の名前も知らないのかと驚いたのは最近のことです。さすがに「アポロ計画」(11号月面着陸,1969年)は知っている様ですが,自分が現役大学生より少しだけ年上だというのは勝手な思い込みの様です。さて,超高層大気物理学,磁気圏物理学,宇宙空間(プラズマ)物理学などと呼ばれる我々の研究分野が大きく前進したのも,米ソを中心として始まった宇宙「開拓」時代でした。

 太陽コロナから常に流れ出している超音速電離ガス流(太陽風プラズマ)や,地球磁場との相互作用に関する理論的研究は,スプートニクの成功や国際地球観測年と頃を同じくして,短期間で多くの論文で発表されました。1960年代前半になり米ソの初期の探査機により太陽風の存在自体が明らかとなりましたが,この時,太陽風に関する理論的予測が極めて正確であることが分かり驚嘆された,というのは有名な話です。これより少し前の1958年に,米国の衛星観測により地球近傍の宇宙空間で放射線帯が発見されましたが,この時期が宇宙・惑星プラズマ研究を大きく進展させる「飛翔体による直接観測」の始まりと言えます。

 宇宙に存在する物質の質量の99%は電離ガスの集合体,つまりプラズマ状態にあると言われています。宇宙空間物理学では,単にプラズマ状態のガスだけを考えるのではなく,電磁場や時には重力場中でのプラズマダイナミクスが重要で,太陽風,地球・惑星の放射線帯,そして電離圏・磁気圏でも磁化プラズマを支配する基本方程式は電磁流体力学によって与えられます。

 我々の研究の独自性は,この宇宙・惑星プラズマを非常に精密に「直接」観測できる点にあります。直接観測とはin-situ observation,つまり「その場」で生の物理量を観測することです。これが可能であるのは,自然現象の現場に,例え大型の人工衛星を送り出しても,観測対象の自然界のスケールに比べれば影響を及ぼさないほど小さな存在でしかないので,観測対象を乱すことなく測定できる為です。この探査衛星による直接観測というのは比較的珍しい手法と言えます。地球観測衛星や天文衛星では,様々な波長(エネルギー)に渡り「光」を測定するリモートセンシング(遠隔探査)が殆どで,そのスペクトルなどを解析することで物理現象を間接的に調べるのが普通です。

 これまで日本が行った宇宙・惑星プラズマの直接観測は,「さきがけ」・「すいせい」による惑星間空間や彗星近傍でのものと,地球電離圏・磁気圏とその近傍でのものがあります。私が最初に携わった「あけぼの」とそれに続く「Geotail」による成果は欧米の探査機のそれに匹敵するばかりでなく,この分野全体の牽引役となってきました。

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 地球はご存じの通り地球型惑星の中で最も強い固有磁場を持ち適度な大気が存在しています。他の地球型惑星を見てみますと,「のぞみ」が目指している火星では,最近の米国の探査計画によるとかなり局所的な固有磁場があり,大気も地球の1/100程度存在します。最も太陽に近い惑星・水星の大気も大変薄く,太陽風により固体表面から叩き出された比較的重い元素のものが少量見つかっているだけです。その反面,小型惑星の割にりっぱな双極子型磁場を持っていることは研究者を驚かせました。金星の固有磁場は極めて弱い反面,地表での大気圧は90気圧もあり電離圏でのイオン・電子密度も地球より2〜3桁大きいのが特徴です。こう考えると,それぞれに特徴を持った惑星が地球軌道内外の比較的近い領域に存在していて,太陽風と惑星固有磁場・大気との相互作用を研究する上では,変化に富んだ直接観測の探査対象群と言えます。また,太陽風自体もプラズマ密度や磁場強度が太陽からの距離によって異なります。従って,これらの宇宙・惑星プラズマを直接観測により調べることは,宇宙に普遍的に存在するプラズマの挙動を理解する上で極めて貴重であると言えるでしょう。以下では直接観測で調べられてきた地球近傍宇宙空間でのプラズマ現象を中心に紹介します。

 図1は太陽風プラズマ(右向きの赤色の矢印)とそれに運ばれる惑星間空間磁場(左端の赤色の直線)と地球磁気圏磁場(緑色の「マグネトポース」内側)の相互作用の模式図です。超音速の流体(太陽風)中に障害物(地球磁場)があることになりますから,地球を遠く取り囲む様に「弓型衝撃波」が生成されます。この衝撃波通過時に太陽風は減速され,流れの方向も地球磁気圏を迂回する様に変わります。無衝突プラズマ中の衝撃波を研究する上で,この領域は天然の実験室として格好の舞台です。プラズマ衝撃波の物理は,昨今の高エネルギー天文学でも重要視され始め,広く理論的・観測的研究が進んでいますが,プラズマダイナミクスを直接観測できる地球・惑星近傍での衛星観測は,唯一無比の研究手段と言えます。

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用語解説
磁力線再結合




プラズマシート
 衝撃波を通過した太陽風の一部は地球磁気圏の外側境界面(マグネトポーズ)へと吹き付けますが,地球磁場により進路を阻まれます。マグネトポーズでは,吹き付ける太陽風の圧力(動圧)と地球磁場の磁気圧がせめぎ合い,それらが釣り合うことで磁気圏の形がほぼ決定されます。太陽風の殆どは地球磁気圏の周りを取り囲む様にして流れ去っていきますが,その一部は地球磁場と相互作用します。ここで「磁力線再結合」という機構が大きな役割を果たします。マグネトポーズで太陽風と地球磁場が圧力でせめぎ合いを続けるよりは,お互いの磁力線がつなぎ変わり,拮抗している領域からプラズマと磁力線を一緒に押し出す方が,円滑な輸送という観点からは都合が良いことになります。つまり,磁力線再結合を伴う磁化プラズマの輸送機構では「太陽風・磁気圏の系全体でエネルギー準位がより低い」状態が実現されているはずです。この状況は惑星間空間磁場と地球磁場が反平行になる状況で起こりやすく,最近では太陽フレアでも同じ機構が働いていると考えられる様になってきました。

 この様に,磁気圏境界面で太陽風磁場と地球磁場がいったん再結合されてしまうと,太陽風はその磁力線に沿って地球磁気圏の昼間側から夜側の磁気圏尾部へと容易に侵入できる様になります。これは,小川に置かれた小石周辺の水の流れに例えられます。こうして太陽風は磁気圏尾部へ侵入し,そこで再び磁力線再結合を経て「プラズマシート」という熱いプラズマの貯蔵庫に貯め込まれます(図1の赤色線で示された中心部分)。そして,その蓄積エネルギーの解放過程で,地上100kmでは壮麗なオーロラ発光が引き起こされたりします。

 この磁力線再結合が実際に起こっていることを示す直接観測データがGeotailで数多く得られています。図1にある磁気圏前面での再結合はもとより,磁気圏尾部の側面でも頻繁に磁力線の「再・再結合」が起こっている様子がGeotail観測により明らかになってきました。図2はその模式図です。

 磁気圏内の磁力線が2回,惑星間空間磁場とつなぎ変わるならば,その磁力線上には2回の太陽風プラズマの侵入があるはずです。これを実際のGeotailデータで見てみましょう。

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 図3は少し複雑ですが,我々が一般的に使用しているデータプロットです。一番上のパネルは磁場強度(緑色),その下は磁場方向(赤・青色)ですが,これらが所々で大きく変化しているのが分かります。この領域が太陽風領域(磁気シース)と磁気圏境界面(マグネトポーズ)で,図の下部に色分けされて示されています。それ以外の領域で,磁場が比較的安定している領域が「ローブ/マントル」領域です。下のつのパネルは高・低感度のつイオンセンサーによるデータです。この図では縦軸がイオンエネルギーを示していますので,例えば矢印Aの時刻では異なるエネルギーに水素イオンが2成分存在しますし,矢印Bの時刻では水素イオンだけでなく酸素イオンがあることが分かっています。

 太陽風イオンの殆ど(約96%)は水素イオンであり,これらの水素イオンは太陽風の磁気圏への侵入の結果である考えるのが妥当です。しかし,酸素イオンの存在は,地球大気が驚くべきことに地球・月間の距離の3倍以上遠い宇宙空間にも流れ出ていることを示しています(図1中の短い青色の矢印)。これは誰もが予想もしなかったことです。この様な大気流出機構は,特に火星などの磁場が弱い惑星では惑星大気進化の視点から一層重要になると考えられています。

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用語解説
アルフベン速度
 図4には2次元(地球軌道面内)の速度分布がカラー表示されています。右方向が太陽や地球から遠ざかる方向ですので,ほぼその方向に2成分の太陽風起源の水素イオン(左図)や地球大気起源の酸素イオン(右図)が流れていることが分かります。

 直接観測の最大の利点はその場その場でこの様な詳しい速度分布が分かることです。理想的な状況では,再結合した磁力線に沿って磁気圏内に侵入したプラズマは,磁化プラズマ中での音速に対応する「アルフベン速度」の2倍の速度だけ加速されるはずですが,これは図4を詳しく解析することで確認されています。

 以上でご紹介した様な地球近傍の観測だけでなく,より広範囲な惑星間空間や他の惑星の電離圏・磁気圏を直接観測で探査することは,宇宙・惑星プラズマの本質を知る上で今後益々重要になるでしょう。我々は,現在飛翔中の火星探査機「のぞみ」に加え,欧州宇宙機関(ESA)と共同で,30年前1度だけ探査された水星を直接観測する計画を立案しつつあります。更に,将来は地球型惑星だけでなく,木星型惑星の強大な磁場と惑星自体を構成するガスがどの様に太陽風と相互作用しているかを実際に探査機を送り込むことで探っていきたいと考えています。

(ひらはら・まさふみ) 


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