No.245
2001.8

<研究紹介>   ISASニュース 2001.8 No.245

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衛星をつつむ金色の膜 dash ポリイミドの研究 dash

宇宙科学研究所 横 田 力 男  



1.金色の膜

 ポリイミド(PI)という言葉を初めて聞く人でも人工衛星表面に張られた金色の膜といえば多くの方が思い当たるのではないでしょうか。PIは今から約40年前にデュポンの Dr.Sroogによってはじめの論文が発表され,同時に超耐熱性フィルムKapton-Hとして工業化されました。初め私達はPIがアポロ月着陸船の外部表面熱保護膜として用いられていることも知らず,ポリエチレンや塩ビ等の汎用プラスチックに比べて200〜300℃も高温で使用できる(図1)高分子ということと数十倍高価ということから航空宇宙分野の特殊材料と認識していました。しかし1980年代を境にマイクロエレクトロニクス材料として脚光を浴び,今や耐熱・耐環境性の高い高性能素材として航空宇宙分野はもとより多くの産業分野で欠くことのできない材料となっています。もし物質にノーベル賞があればまっ先に与えられる素材です。

図1 3種の汎用高分子とポリイミドの単位構造とTg


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用語解説
軟化温度

2.化学構造の特徴と合成法

 図1は,いろいろな高分子の化学構造と軟化温度(ガラス温度;Tg)です。ポリエチレンやポリスチレンに比べてUpilex-RUpilex-SKapton-H(Apical)等のPIは高分子となる単位構造がこの順に長い平面構造をとるため自由に回転できる部分が減少し,その上分子間相互作用も大きいので物理的耐熱性ばかりでなく熱安定性も格段に優れます。PIの合成は通常,図2のように2段階法で行われます。はじめに芳香族酸二無水物(ここではピロメリット酸無水物;PMDA)と芳香族ジアミン(ODA)を極性溶媒中で反応させて易溶なポリアミド酸(PAA)を合成します。次いでガラス板上に流延し50〜60℃で溶剤蒸発させてPAAフィルムとした後,熱または化学的にイミド化し不溶不融の耐熱性 PIフィルムとします。ちなみにUpilex-Rを合成するにはPMDAのかわりにビフェニルの酸無水物(s-BPDA)を原料にすればよいことになります。


図2 ポリイミドの合成スキームと成膜工程


3.PI開発の現状

 PIの開発経過はつの流れに大別されます。
第1は,Kaptonのように単位構造が幾何学的平面構造をとるピロメリットイミド環やUpilex-Sのような半屈曲性ビフェニルイミド環を含むPIはイミド化過程で各々の高分子鎖が紙を重ねるようにフィルム面に配向(高次構造)し金属並みの低熱膨張率を示します。その結果としてPIフィルムは融けたハンダに直接つけても殆ど収縮しない寸法安定性の高い耐熱性膜材料となります。写真1は超LSI256本のリード線をとりだすUpilex-Sフィルム基板(TAB)です。肉眼では識別できないほど精密なパターンが描かれてパソコンの進歩に欠かせない膜材料です。

写真1 低熱膨張PI製の超LSI用TAB


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用語解説
モノマー










PET







ソーラーアレイ

























ソーラーパドル
第2は,電気的あるいは光学的性質に関連した透明性や低誘電特性の改善です。単位構造中の水素のフッ素原子への置き換えやナノ構造化,分子間電子移動をもたらす芳香環の脂環構造への置き換えによる透明性PIをつくる研究がオプトエレクロニクス材料の開発として展開されています。
最後は,軟化温度(Tg)が200〜250℃と中程度の耐熱性を有し汎用プラスチックのように成形品に加熱加工できる熱可塑性PIの開発です。最近までPIの原料は入手が難しく構造を自由に選択する「分子設計」が簡単ではありませんでした。しかし近年世界規模で多様なモノマーが合成されPIの合成が容易になり新らしい熱可塑性PIが工業化されています。


4.宇宙航空材料への応用

 宇宙機の熱保護膜(MLI);
高分子材料は要求性能さえ満たされれば宇宙機や宇宙構造物に極めて有利で実際に多くの高分子材料が使用され,中でもエポキシ樹脂とPIは主要な高分子材料で,今日の人工衛星の主構造は軽量で高強度特性をもつ繊維強化エポキシ樹脂複合材料で作られています。一方,PIは他の高分子材料にはない優れた耐熱,耐宇宙環境性から用いられていることが特徴です。PIの単位構造は,主に芳香環とイミド環からなるために200℃を越えても長時間の使用に耐え,加えて太陽光や放射線に対しても汎用高分子の100〜1000倍も安定で宇宙環境10年の耐久性があります。このようなPIの代表例は機器外表面を覆う金色に輝く熱保護膜(フレキシブル サーマルブランケット,MLI)です。通常MLIPIPET10〜50μmのフィルムに金属を0.05〜8μm蒸着させたものが使用環境によって5〜10層で使用されます。膜間はPETの網で分離されているので高真空の宇宙では何重にも重なった魔法瓶のような役割をします。MLIは人工衛星内部を常に適正温度に保つ目的で衛星外部からの太陽光照射による熱の流入と搭載機器から発生する熱放射をうまく調節することです。

 フレキシブル宇宙大型膜構造物への応用;
PIの優れた耐宇宙環境性を最大限に活かした用途は大形膜構造物です。日本が1995年に打ち上げた無人実験衛星SFUソーラーアレイは太陽電池を貼り付けた厚さ0.1mm2.4m x 40cmの短冊状Upilex-Sフィルムを折り畳み収納し宇宙空間で伸展マストによって2.4m x 9.7mに展開しソーラアレイとします。PIの抜群の耐宇宙環境性を活かした展開型軟構造物はソーラアレイを始め太陽発電衛星やソーラセイル等に応用展開が進むと予想されます。写真2STS-98スペースシャトルから撮影した4枚の巨大なPIソーラーパドルを拡げた国際宇宙ステーションISSです。

写真2 4枚のPIソーラーパドルを拡げた宇宙ステーションISS
(Space Flight, vol.43, No.5. (2001)より転載)


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5.ポリイミドの耐熱性複合材料

 PIの優れた性質を高強度炭素繊維と複合化することは私達の長年の「夢」でした。しかし高温特性に優れるということは高い温度まで形を保つことなのでPIに高温溶融流動性を付与することは容易に実現しませんでした。そんな中で図3aPMR-15は現在でも熱硬化性PIの代表例です。加熱すると化学反応し架橋する末端剤(ナジック酸誘導体)をPIの原料に混合して熱硬化PIとします。PMR-15は耐熱性樹脂の弱点の難溶性を,アルコールに溶ける原料の段階で溶解させ巧みに逃れてます。しかし使用上限温度 316℃は有機材料では最上級の耐熱性ゆえに単位構造は図1PI同様に剛直でなければならず成形条件は厳しく硬化樹脂は脆いことが難点です。PETI-5(図3b)はこの点を改善した熱硬化性PIで,-56〜+200℃の厳しい熱環境を飛ぶ超高速国際共同開発機HSCTの主翼材料として1994年NASAラングレー研究所で開発されました。PETI-5は分子量5000s-BPDA/3,4'-ODA;m-APB(Ar)で靭性を,末端剤PEPAのアセチレン結合の反応硬化により易成形性を分担します。371℃1MPaの加圧下1時間Tg=270℃,破断のび32%を有するこれまでにない高靭性PI樹脂となります(図3b)。しかし主鎖構造に高温流動性(熱可塑性)がなければ成形は難しいために硬化前の樹脂のTg200℃程度に抑えることが必要で素晴らしい樹脂ですが使用上限温度は250℃に留まります。

図3 熱硬化性PIの化学構造


6.私達の研究・無定形熱硬化性PI;TriA-PI

 図1の芳香族PIはベンゾイミド環やピロメリットイミド環の幾何学的平面性と強い分子間相互作用ゆえに製造過程を通じ秩序構造を形成することが特徴です。その結果,Tgを越えても分子運動が抑制され普通の高分子のように軟化して低粘度とならないので非可塑性と言われます。いいかえればTgより十分高温にして高分子の鎖が熱切断しない場合でも秩序構造が壊れない限り流動性は期待できないことを意味します。

 つまり単位構造に耐熱性の芳香族イミド環を用いれば,「分子間の秩序構造を形成し,Tgの高温側の分子運動性を低下させ,成形が難しい」という「難題」に直面しPETI-5を超えることはできません。これまで私達はPIの単位構造と秩序形成能化・高性能発現性について研究してきました。その結果,多くの原料モノマーの中で耐熱性ベンゾイミド環(s-BPDA)のかわりにこれまでまったく顧みられなかった立体異性体 (a-BPDA)を用いたPI(a-BPDA/4,4'-ODA)(図4)は,s-BPDAから合成されるUpilex-Rに比べてTg50℃ほど高く優れた耐熱性を有し,加えて易成形性の指標となる弾性率 E'の値はTgの高温側で急激に低下(E'≦107)することを見出しました。この原因はa-BPDA(図3c)のビフェニル結合が立体障害のために秩序構造をとれないで無定形となるため,Tgを越えると汎用高分子に近い分子運動を可能にするからです。

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用語解説
RLV

表1 耐熱性熱硬化PI硬化樹脂の物理的性質


 図3cは「夢」の耐熱・耐酸化性と高靭性,溶融流動性,易成形性を両立させた新しい非対称芳香族無定形熱硬化性PI; (Asymmetric Aromatic Amorphous-PI (TriA-PI)の化学構造です。a-BPDA ODAからなる主鎖構造(単位構造) にPEPAを末端剤としてPETI-5同様に合成されます。表1のジアミンを4,4'-ODAとしたTriA-PI(n=4.5)はTg=343℃となり,320℃1000Poiseの低溶融粘度となった後に真空バックを用いないでも370℃1hrで容易に成形できます。熱硬化したTriA-PI(n=4.5)はこれまで最高の耐熱性PI樹脂であるPMR-15と同等の高いTgを有し破断のびは14%以上とPETI-5に近い高靭性樹脂となります(表1)。そのうえ硬化樹脂の高温耐久性は空気中,300℃1000時間後も初期強度(曲げ)の7 0%の保持率を示しこれまでに例のない高性能耐熱性成形用PI樹脂であることが分かりました。現在,この樹脂を航空・宇宙機構造材への応用展開を図るための複合材料化を産,官,学連係のもとに進めています。写真3ISASの再使用型宇宙機(RLV)実験機の浮上の様子です。私達の開発したTriA-PI複合材料を用いたRLVが実現すれば夢はどうなるのでしょう。

写真3 RLV実験機のNTCにおける浮上実験(2000年11月)

(よこた・りきお) 


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