No.241
2001.4


ISASニュース 2001.4 No.241 

- Home page
- No.241 目次
- 日本の宇宙科学の新しい時代へ
- 特集に当たって
+ 第1章
- 第2章
- 第3章
- タイトルバックの出典について
- ミッション提案一覧表
- ミッション年表
- アンケート集計結果
- 編集後記

- BackNumber

次期月探査計画


 太陽系における地球・惑星の起源と進化を解明するために惑星へ探査機を送って観測する計画が行われている。わが国でも月や火星などに探査機を送る計画が実行されつつある。従来の探査や地上からの観測でそれぞれの惑星や月などの衛星を構成する物質はかなり異なったものであることがわかっている。したがって,惑星間の違いをもたらしたものは何かという疑問に答えることが太陽系の起源と進化を明らかにすることになる。月は地球の衛星ではあるが,サイズは大きく火星の半分もあり,比較惑星学研究の対象となる。月の場合でも表面および内部の構造と構成物質をまず明らかにする必要がある。1960年代から行われたアメリカのアポロ計画や旧ソ連のルナ計画では有人による観測とサンプルリターンまでが行われた。しかし,これらは月の赤道付近の限られた地域に探査対象が限られていた。90年代に入ってクレメンタイン,ルナ・プロスペクタのディスカバリー計画により月をグローバルに観測することが行われ,可視・近赤外画像,地形データ,ガンマ線データなどが取得された。

 宇宙研と宇宙開発事業団の共同プロジェクトで2004年打上を予定して開発が進められているSELENE計画では従来のデータより桁違いの空間分解能データを13種のセンサーを使って協同的に得ることを目指している。月のリモートセンシングでは決定版とでも言うべきデータの取得が行われるであろう。月表面の元素組成と鉱物組成,高分解能ステレオ画像と地形データ,月地殻深部の地質構造,月裏側も含めた重力構造と月のプラズマ環境などが明らかになるであろう。この計画によって月表層付近の構造と構成物質が明らかになるため,次の月探査計画は,深部構造と構成物質の探査に進むことが必然である。次期月探査計画検討ワーキンググループを中心として数年来科学探査の検討と観測機器の基礎開発が進められている。これまでに提案されている主要な科学観測は,

 (1)月震計による月深部構造探査,
 (2)月表層地質精査,
 (3)天測望遠鏡による月の運動の精密観測

である。

1.月震計による月深部構造探査

 LUNAR-Aは月の核の存在の有無を調べることに特化した衛星計画であり,月震計と熱流量計を搭載したペネトレータを月の表側と裏側に打込み,深発月震とペネトレータ貫入地点付近の熱流量を観測する。次期月探査では月の地殻・マントル・核の構造を精査するため8台の月震計でネットワークを形成する。月の全周に月震計を設置する手段としてはペネトレータが最適であり,現在打込み試験が行われているLUNAR-Aペネトレータを一回り大きくして搭載電池の数を増やし,観測時間を2年程度まで延長できるものが設計されている。ペネトレータに搭載される月震計は貫入時の大きな衝撃圧力に耐えるように振り子部分のバネの固い短周期型のものになっており,周波数0.1〜2秒程度の実体波を観測する。長周期の自由振動を観測してグローバルな深部構造を明らかにするため,長周期地震計の月面での設置が提案されている。長周期(広帯域)地震計をペネトレータの貫入にともなう大きな加速度に耐えるようにするには技術的に大きな困難があるためランダーに搭載して月表面に降ろすことの方が実際的であると考えられている。アポロ地震計はプルトニウム電池を使用しているため長時間にわたって月震記録を取りつづけ,月の表側の着陸地点付近の月震の活動度が分かっている。1週間30イベント程度の月震が観測されることが期待されている。イベント数の増加は月深部の地震波速度構造の決定精度を向上させる。

2.月表面地質精査


図1 ツィオルコフスキー・クレータ(NASA画像)

 地球ではプルームにより地殻深部やマントルから深部物質が噴出している場所があることが知られている。高圧力でしか熱力学的に安定ではないダイヤモンドが地表に見られるもプルームによるものである。月表面ではクレータの形成時に衝撃波のリバウンドに伴う中央丘の形成が地下深部物質を供給したと考えられている。直径40km程度以上のクレータでは中央丘の形成がみられている。アポロ15号での蛍光X線観測で月マントル物質の露出がツィオルコフスキー・クレータで発見された。図1はアポロ計画で撮像されたツィオルコフスキー・クレータの写真である。直径185kmのクレータ・リムの中に高さ1km程度の中央丘があり,周りは噴出した玄武岩でおおわれている。94年に実施されたクレメンタイン計画では裏側の南極域の直径2000kmにも及ぶエイトケン盆地から深部物質が露出していることをマルチバンド・イメージャで発見した。以上の観測結果はクレータ中央丘や大盆地を精査すれば,深部物質の同定や不均一性を明らかにすることができることを示している。アメリカの月研究グループは上記のエイトケン盆地からサンプルを持ち帰る計画を立てディスカバリー・プログラムに応募したと聞いている。残念ながら今年度の評価では不採用であった。クレータ内部の平原に軟着陸してローバで移動して地質精査をし,元素・鉱物組成分析や露頭のその場観察を行う。精査候補地域として海の溶岩流・ドーム,典型的な高地,極域も上げられている。


図2. 中央丘を持つ地質精査候補クレータと踏査ルート(NASA画像に加筆,佐々木・佐伯・杉原)

3.天測望遠鏡による月の運動の精密観測

 月の物理ひょう動を精密に観測して月マントルの非弾性的性質を明らかにするため,写真天頂筒方式の天測望遠鏡による観測が国立天文台のグループにより検討されている。口径20cm,焦点距離2mの反射型望遠鏡を設置して1ミリ秒角の位置測定精度で極域の数十個の星を観測する。望遠鏡の設置場所として極域の昼夜の温度差の少ない永久日照地域が候補として提案されている。

4.SELENE-B計画

 以上の次期月探査計画として提案されている観測計画はいずれも軟着陸技術を必須としている。SELENE計画は従来一年間のリモートセンシングと軟着陸実験を目指していたが,確実な軟着陸に必要な着陸機搭載の高度計・速度計の入手性の困難から昨年計画変更をし,軟着陸実験をキャンセルした。実験内容を分離し,リモートセンシングはSELENE-A計画として従来どおり2004年度夏期の打上をめざす。一方,軟着陸実験は今年度研究に着手してSELENE-A実施2〜3年後打上を目指すこととした。計画変更後,宇宙研,宇宙開発事業団でSELENE-Bの進め方について協議を重ね,次期月探査計画を見据えたミッションを策定することとした。

 したがって単に平坦な月表面に軟着陸するのではなく,科学ミッションに必要な場所への軟着陸技術の習得を実施する。航法誘導制御,着陸センサー,障害物検知・回避,着陸衝撃吸収機構等の技術開発が必要である。二機関に加え,航空宇宙技術研究所も実施機関とし,これに大学や他機関の研究者が参加するSELENEのやり方を踏襲する。

 次期月探査として提案されている計画のうち地質精査は一点の候補地の精査のみですべての目的を達成できるものではなく,複数回の探査が必要であるため,SELENE-B計画の第一案として地質精査の候補地に軟着陸する,小型ローバにセンサーパッケージを搭載して地質精査技術の確立を目指すというシナリオの作成を進めている。地質精査検討グループの第一次案ではクレータ中央丘と火山性地形の探査が上がっている。つの中央丘を持つクレータが具体的に候補として考えられている。オデイ(37S/157E),シャロノフ(12N/174E),アリスタルコス(24N/48W)であり,図2では軟着陸地点とローバによる踏査経路案が示されている。クレータの側壁から中央丘近傍まで踏査し,分光カメラ撮像,X線・ガンマ線分光を行って岩石タイプの決定と分布状態を調べ,月クレータの形成過程を明らかにする。地球上の火山ドーム,コーンと良く似ていて火山活動によって形成されたと考えられている地域に軟着陸して火山性地形を精査するシナリオも提案されている。良く知られている地域は図3に示すマリウス丘群(14N/50W)であり,表側の嵐の大洋の中に形成されている。月の火山活動の研究対象として考えられている。


図3. 月の火山地形マリウス丘群と地質踏査ルート(NASA画像に加筆,佐々木・佐伯・杉原)

 SELENE-B計画はミッション定義を行って技術的検討と搭載機器・センサー開発に本格的に着手するため第一次案の策定を行っている。2001年5月にはその案をたたき台にしてワークショップを開催する予定である。

(次期月探査計画検討ワーキンググループ) 


#
目次
#
第1章 目次
#
次期磁気圏衛星計画
#
Home page

ISASニュース No.241 (無断転載不可)