No.241
2001.4


ISASニュース 2001.4 No.241 

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SPICA 次期赤外線天文衛星


1.概要

 ASTRO-Fに続く次世代の赤外線天文衛星としてSPICA(Space Infrared Telescope for Cosmology and Astrophysics)を提案します(図1)。SPICAには,口径3.5mという大口径望遠鏡を4.5Kという極低温まで冷却して搭載し,中間〜遠赤外線領域において感度と空間分解能とを画期的に向上させることを目指します。

2.SPICAで探る宇宙

 SPICAは,宇宙における様々な「天体の誕生と進化」という大きな謎に挑みます。

2.1.銀河の誕生と進化

 初期の宇宙は,極めて「一様」で単純でした。しかしながら,現在の宇宙は,銀河をはじめとする様々な天体で構成され,極めて「複雑」です。この「単純」な宇宙から「複雑」な宇宙への進化の道筋は,未だ謎に包まれています。SPICAは,高感度の赤外線観測により,最も初期の銀河の誕生をとらえ,現在の宇宙の「複雑さ」の起源と進化に迫ることができると期待されています。

2.2.星の誕生と進化

 宇宙の中で最も重要なエネルギー源は「星」です。SPICAは高い空間分解能を活かして,星の誕生の場を,私達の銀河系の中のみならず,他の銀河の中でも明らかにすることができると期待されています。

2.3.惑星系の誕生と進化

 近年,私達の太陽系以外の場所でも,惑星の発見があいつぎました。しかし,これらの発見はどれも間接的方法によるものであり,惑星そのものを直接に検出したわけではありません。SPICAは,太陽以外にある惑星を直接に検出するのみならず,その大気を分光する能力をもっています。この観測は,我々の太陽系そのものを見直す大きな機会となることでしょう。

3.ASTRO-Fへの期待とその限界

 上記のつのテーマに迫るには,スペースからの赤外線高感度観測が必要不可欠です。したがって,これらのテーマは,2003年度打ち上げを目指して進行中の赤外線天文衛星計画ASTRO-Fの重要テーマでもあります。ASTRO-Fは全天を効率良く観測することを主目的の一つとしており,数百万個以上の赤外線天体を発見することが期待されています。これにより,上記のつの重要テーマの研究にも大きな貢献ができると期待されています。

 しかし,ASTRO-Fにも限界があります。その最たるものは,空間分解能の不足です。例えば,ASTRO-Fの観測波長帯の中でも最も長い波長での空間分解能は50秒角と人間の裸眼視力程度しかありません。

 上記のつのテーマの真の解明のためには,赤外線領域での,高感度,高空間分解能の観測が必要です。そのためには,大口径の赤外線望遠鏡,すなわちSPICAが必要なのです。

4.大口径望遠鏡の実現

4.1.冷却方法の改革

 大口径の望遠鏡による赤外線観測が重要であることがわかっていながら,その実現は従来は困難でした。高感度の赤外線観測を実現するためには,観測機の冷却が必須です。そのために,従来の赤外線衛星では液体ヘリウムを搭載していました。するとヘリウムの保持のために,大きなタンクと重い真空容器が必要となります。そのため,衛星が「大きく」「重く」なってしまい,大口径望遠鏡の搭載を拒んでいたのです。

 従来の赤外線衛星の「大きい,重い」という最大の欠点を克服するために,SPICAでは液体ヘリウムを搭載せず,「打ち上げ時は常温,軌道上で冷却」するタイプの赤外線望遠鏡を提案します。この設計思想の改革により,衛星は画期的に小型化,軽量化されます。逆に言えば,限られた重量でも,従来よりもはるかに大口径の望遠鏡の搭載が可能になります。


図1 SPICAの概念図。

 軌道上での観測器冷却のためには,SPICAでは以下の2方式を併用します。
 (1)効率的な放射冷却
 (2)機械式冷凍機

 (1)の放射冷却を極力有効に働かせた上で,(2)の機械式冷凍機を併用し,望遠鏡を4.5Kまで冷却します。ほとんどの熱を放射冷却で捨てるように設計すれば,望遠鏡の冷却に必要とされる機械式冷凍機の能力はそれほど大きくなりません。例えば,スペースステーションに搭載される実験装置用に日本ですでに開発された小型冷凍機程度の能力で,3.5mの望遠鏡を冷却することが十分に可能となります。

4.2.熱的環境に優れた軌道

 SPICA実現のために重要な点は,放射冷却が効率的になる軌道を選択することです。軌道の候補として「太陽―地球」系のラグランジュ点のうちL2(以下S-EL2)(図2)があげられています。正確にはS-EL2点そのものではなく,この点の周りを衛星が公転するハロー軌道が検討されています。


図2 太陽-地球系の5つのラグランジュ点。
SPICAの軌道の候補の一つがL2の周りのハロー軌道。

 この軌道では,赤外線天文衛星にとって大敵である「熱源」,すなわち地球と太陽とが,ほぼ同じ大きさでほぼ同じ方向にならびます。したがって,熱的環境が単純で,衛星への熱入力を大幅に減少させかつ放射冷却を有効に働かせる衛星設計が可能となります。

 S-EL2ハロー軌道は,地球から約150万kmとかなり遠方の軌道ですが,注意深い軌道設計を行えば,かなりの重量物を投入することが可能です。例えば,H-II Aロケットを用いれば,約2.5tという重量の衛星を投入することが可能となります。

5.SPICAの能力

 上記の設計思想の改革により,2.5tの重量があれば,口径3.5mという大望遠鏡を搭載する赤外線天文台衛星が実現可能です。ASTRO-Fが口径70cmの望遠鏡しか搭載していなかったことを考えると,3.5mという口径は画期的なジャンプです。口径の増大および積分時間の増大により,SPICAは非常に優れた感度を達成することができます。


図3 SPICAの感度と21世紀初頭に計画されている他の計画
  (NGST,FIRST)の感度との比較。
  縦軸は天体の明るさを示し,下に行くほど感度が優れて
  いることを示します。
  波長10―200μmの中間―遠赤外線領域では,SPICAが
  最も優れた感度を有していることがわかります。   

 SPICAは冷却望遠鏡であるため,特に中間―遠赤外線領域での感度が高いことを特色としています。21世紀初頭には,NGST(NASA),FIRST(ESA)といった大型の赤外線-サブミリ波ミッションが計画されています。しかし,これらの望遠鏡はSPICAの望遠鏡ほどには冷却されてません。したがって,望遠鏡からの熱放射の影響が深刻となる中間―遠赤外線領域では感度が良くありません。図3に示すように,中間―遠赤外線領では,冷却望遠鏡を搭載するSPICAが最も優れた感度を持っているのです。

 SPICAは,2010年ごろにH-II Aロケットを用いて打ち上げることを目指して検討を進めています。このミッションが実現すれば,従来とは全く質の異なるすばらしいデータが取得でき,冒頭に述べた大きな謎の解明に大きな前進をすることができると期待されています。

6.計画の準備状況

 SPICAは非常に大きな計画であるため,国際的なコミュニティからの支持/参加が必須です。そのために様々な話合いを行っています。その一環として,2000年4月に宇宙研にてSPICAをテーマとして国際会議を開催しました。世界中から100人を越える科学者/技術者の参加があり,関心の高さをうかがわせました。

 またSPICA実現のためには,解決すべき技術的課題も多くあります。幸いにして,ASTRO-F計画のために開発して来た技術の多くがSPICA実現のためにも大きく役立っています。さらに,2000年度からは,戦略的基礎開発費の補助を受け,SPICA固有の技術要素の開発にも着手しました。

(次期赤外線天文衛星ワーキンググループ) 


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