No.238
2001.1


ISASニュース 2001.1 No.238 

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反物質を使って空間を自由に飛び回る

成 尾 芳 博


 音もなく浮き上がり,一度空中に静止したかと思うとスッと彼方に飛び去る。反物質が手軽に手に入るようになれば,そんなUFOまがいの飛び方をする飛翔体が実現するかもしれない。

 地球周辺の空間の場にある物体は,地球の中心方向に向かって移動する。これは地球周辺の空間が地球の質量によって曲げられているからで,決して地球自体による作用ではない。言い換えれば,そこに地球がなくても,同様な空間の曲がりの場にある物体は全く同じように移動する。このような空間の曲がりを人工的に作り出し,空間に発生する歪み力を飛翔体の推進力として利用しようというのが「空間駆動推進」の考え方である。

 この推進方式は,作動物質を噴射してその反作用によって飛行する従来の推進方式とは根本的に異なるため,「飛翔体が慣性力を受けることはない」という特筆すべき特徴を有している。このため,前述のようなUFOまがいの飛行ができる他,搭乗者に負担をかけることなく,準光速を短時間で達成できる等,幾つかの優れた特徴を持つ。

 「空間駆動推進」に関する最初の理論的解析は,日本電気の南善成によって1986年に行われた。南は強力な磁気エネルギーによって空間の曲率成分を制御することが可能であると提唱し,「空間駆動型推進装置」の原理を発表した。この装置は1999年6月に特許を取得している。特許公報によれば,機体長(直径)5mの飛翔体に1Gの加速度を与えるには,曲げる空間領域の長さを5m,磁場800億テスラ,推進パルス繰返し周波数4.9MHzとして,1秒当たり4.9TWのエネルギーが必要としている。

 800億テスラという磁場の強さもさることながら,4.9TW(49億キロワット)といえば,現在の世界の総発電能力のおよそ3倍に相当する莫大な電力である。1機の飛翔体に投入するにはあまりに大きなエネルギーであり,実現するのは到底不可能なようにも思える。しかし,(少なくとも理論上は)それを可能にしてくれるのが,前述の反物質である。

 反物質は,通常の物質と衝突すると激しく反応して両者の質量が100%エネルギーに変わる大爆発を起こす。物質が消えてエネルギーだけになるこの現象を素粒子物理学では「対消滅」といい,有名なアインシュタインの公式E=mC2によってエネルギーが解放される。

 「対消滅」による単位質量当たりの発生エネルギーは,核分裂反応の1100倍,核融合反応(重水素−ヘリウム3)の二百数十倍,化学ロケットの推進剤として用いられる水素−酸素の燃焼反応と比べると,なんと約70億倍にも達する。前述の4.9TWの電力を1秒間維持するために必要な反物質の量は,僅かに27mgである。

 しかし,である。残念なことに反物質は自然界にはほとんど存在しない。宇宙が進化する過程でどこかに消えてしまったのである。ただ,粒子加速器を使えば現在の技術でも人工的に作り出すことは可能であり,保存も可能なことが分かっている。

 1996年に欧州原子核研究機構(CERN)の反陽子蓄積リングを利用して初めて反水素原子の合成に成功したドイツの研究者チームによれば,製造効率は今のところ1億分の1パーセントであるという。これは全世界の電力(総発電量13204TWh1995年レベル)を利用しても,1年間で作り出すことができる反物質の量は5.3 X 10-5グラムであることを意味する。現状はとてもエネルギー源として期待できる代物ではない。

 ともあれ,我々の反物質を作る技術はまだようやく緒についたばかりである。2000年8月にはCERNの反陽子減速器が完成し,反物質工場として稼働が開始されたという。日本でも高エネルギー加速器研究機構(KEK)が「Bファクトリー」と呼ばれる巨大な粒子加速器を使って粒子と反粒子の違いを明らかにするための研究を行っている。未来には大いに期待を持ちたい。

 ニュートン力学が発表されたのが1687年,量子力学が1900年,特殊相対性理論が1905年,そして一般相対性理論が1915年である。ビッグバン以降の100億年と比較すれば,人類の歴史などほんの一瞬のできごとである。新しい理論が発見されて,反物質の大量生産が可能になれば,人類はエネルギー問題からも解放され,宇宙空間を自在に飛び回ることが可能になるだろう。

(なるお・よしひろ) 


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