No.238
2001.1


ISASニュース 2001.1 No.238 

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- No.238 目次
- 新年の御挨拶
- 特集に当たって
- 惑星の空を飛びたいな
- 宇宙開拓時代の惑星探査
- 構造屋ショート・ショート
- 軌道宇宙観測所への旅
- 私の見てみたいもの
- お屠蘇を飲み過ぎて戯言を
- バーチャルロケット
- 光子推進機関と広がる探査の場
- 地球外生命体の設計図を手に入れる!
- たとえば,こんな初夢は?
- 空に気球が飛び交う日々のために
- 201X年/202X年
- ウェハーサテライト
- マイ・ローバ
- 宇宙で実験
- 大きな望遠鏡が欲しい
- 21世紀の初夢
+ 隠微な学問が教えてくれそうなこと
- あるうららかな春の日に
- ロボット探査機による小惑星巡り
- 反物質を使って空間を自由に飛び回る
- 21世紀の夢
- 初夢・編集後記
- 初夢タイトル画・「宇宙の日」絵画コンクール入選作品

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隠微な学問が教えてくれそうなこと

吉 川 一 朗


 磁気圏物理学は,宇宙を研究対象にしているにも関わらず,夢を語ることができない。この学問は宇宙の誕生を追求しているわけではないし,宇宙の終焉を予期するものでもない。要するに,万人の知的欲求を満たすには至らない学問なのである。さらに悪く言えば,この学問の求めるところは万人には理解されないため,隠微なものを対象にすることが多い。例えば,私は地球型惑星の大気変遷と磁気圏の関係について興味を持ち研究をしているが,宇宙研の一般公開の場でその話をしたら,「その研究はどこが面白いのですか何の役にたつのですか」と質問されたことがある。まるで,話の面白さが伝わらないアメリカン冗句を言ってしまったようで,非常にくやしい思いをした。

 しかし21世紀の中ごろには,磁気圏物理学は人間の日常生活に非常に密着した学問になる。ありきたりの話かもしれないが,気軽に宇宙に出るのはいつだろうか

 旅行代理店が,「銀河鉄道で行く火星20日間の旅」とかいう企画をいつたてるだろうか。このように人間が宇宙を旅行する場合には,磁気圏物理学を知らないととんでもないことになる。人間は宇宙服を着て,酸素ボンベを背負っても,宇宙や他の惑星では長く生活できないのだ。磁気圏は,太陽や宇宙の彼方からやってくる高エネルギー粒子から我々を守ってくれているのである。これが,隠微な学問“磁気圏物理学”が21世紀に何を人類にもたらしてくれるかという問いへの答えだと思う。

 最近,宇宙を旅行すると,どの程度の被爆が予想されるかを明らかにした研究が発表された。人間が地上で暮らしている限りはせいぜい0.5cSv程度の被爆しか受けない。宇宙が人体に及ぼす影響よりも,人為的な被爆(線撮影)の方が大きい。しかし宇宙を一年間旅行した場合,最低でも30cSvの被爆が予想され,さらに困ったことに,旅行中に一度大きな太陽フレアがおきたら,500cSvを越える被爆の心配がある。(この場合,30日以内に旅行者の半数が死ぬらしい。)おそらく,私たちの記憶にはミールの乗組員の船外活動が残っているあるため,この予測をにわかには信じられないかもしれない。この誤解の原因は,船外活動が短時間であったこととシャトルの軌道や時期が磁気圏物理を基礎に注意深く計画されていたことがほとんど報道されなかったことにある。図1には,磁気圏内部に侵入する銀河宇宙線(ここでは水素イオンを仮定)の最低エネルギーを示した。この絵からは,地球近傍をちょこっと旅行する場合にでも,旅行危険区域があるということが分かる。例えば,赤道面内で地球半径2倍の地点を通る場合(図中のA地点),2000MeV以上の非常に限られた粒子しか磁気圏の中には侵入できないことが分かる。2000MeV以下の粒子は磁気圏がはじいてくれるのである。一方,多少極方向に旅行した場合(B地点),50MeVという比較的低いエネルギーの粒子でも宇宙船まで到達してしまうのだ。つまり,磁気圏はわれわれ宇宙旅行者を守ってくれないのである。

 ここで一つ注意して頂きたいことは,図1に描いた宇宙地図は,平均的な磁気圏の構造を仮定した場合であり,実際の磁気圏は時間・空間変動に非常に富んでいる。つまり,図1を万事信じて旅行をしてはいけないのだ。しかし,本当に宇宙旅行を可能にするのであれば,まずこの点を克服する必要がある。そうは言うものの,対宇宙災害の策を十分に講じれるほど,まだ磁気圏物理学は進歩していない。極論すれば,現在の磁気圏物理の研究者はようやく平均値な描像(例えば図1)を得ることができたが,稀な現象や突発的な現象を理解・予測するにはまだまだ至っていないのである。磁気圏物理学のさらなる発展が,宇宙旅行をできるか否かを決めると私は信じている。

 最後に,図2は火星探査機のぞみに搭載された極端紫外光スキャナが地球の磁気圏の中でも最も地球に近い部分にあるプラズマ圏という構造を世界で初めて映像にしたものである。この絵は人体に重大な危険を及ぼす高エネルギーイオンを可視化したものではないが,今後観測技術が発展することにより,エネルギー別プラズマ画像を得られる日がやってくるであろう。このように地球近傍の様子を時々刻々とモニタする技術は,われわれ磁気圏物理学者が確立したものである。

(よしかわ・いちろう) 


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