No.238
2001.1


ISASニュース 2001.1 No.238 

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大きな望遠鏡が欲しい

中 川 貴 雄


 「大きな望遠鏡が欲しい」。これは,天文学者の永遠の夢です。どんなに技術が進もうとも,天体からの微弱な光を検出するためには,光を多く集める「大きな望遠鏡」が必要なのです。

 ところが,私の専門である赤外線天文学では,「大きな望遠鏡」を衛星に搭載することが,大変に困難でした。赤外線天文衛星では,高感度の観測を行うために,-270℃前後という極低温まで観測機を冷却します。その冷却には,今までは液体ヘリウムが用いられてきました。しかしこの液体ヘリウムが曲者なのです。その保持のために,巨大なタンクと重い真空容器が必要になるのです。そのため,衛星の限られた重量のもとでは,比較的小口径の望遠鏡しか搭載できなくなってしまうのです(図1の左)。しかも,液体ヘリウムが全て蒸発してしまえば,もはや観測を続けることができなくなってしまいます。

 なんとか,「大きな望遠鏡」を衛星に搭載できないものでしょうか。

 そこで考えました。液体ヘリウムを搭載しなければ良いのです。液体ヘリウムがなければ,巨大なタンクも無骨で重い真空容器も不要になり,衛星は画期的に軽量化されるはずです。逆に言えば,衛星全体の重量が同じならば,従来よりもはるかに大口径の望遠鏡の搭載が可能になるはずです(図1の右図)。


図1:(左)従来の赤外線天文衛星のデザイン。
   (右)新しい赤外線天文衛星のデザイン。

 しかし,それでは,どうやって液体ヘリウムなしで望遠鏡を冷却するのでしょうか。

 まずは,放射冷却の徹底的な活用です。そのために,地球周回衛星とすることは止め,放射冷却がより有効に働く軌道を選ぶこととしました。具体的には図2に示すような「太陽‐地球系が作るラグランジュ点の一つL2」に衛星を投入することを考えました。L2では,地球と太陽がほぼ同じ方向に見え,お互いの位置関係が変わりません。したがって,太陽,地球からの熱放射を完全に遮ることが可能になります。残るは-270℃の極低温の宇宙のみです。放射冷却は非常に有効に働くはずです。


図2:太陽 - 地球系が作る5つのラグランジュ点。 
   このうちL2が赤外線天文衛星に最も適した軌道。

 ただし,放射冷却は低温ほど効率が悪くなります。したがって,本当の極低温を達成しようとすると,放射冷却だけでは不十分です。それに加えてもう「一押し」が必要です。そこで,その「一押し」として機械式の冷凍機を採用することを考えました。簡単なモデル計算をしてみると,冷凍機に要求される能力は,放射冷却さえ有効に働いていれば,かなり小さな値に抑えられることもわかりました。

 このデザインを採用すれば,液体ヘリウムなしの冷却望遠鏡が実現できます。タンクも真空容器も不要となりますから,画期的な大口径の望遠鏡の搭載が可能になるはずです。例えば,夢は大きく,H - II Aロケットをまるごと一本使うとすると,上記のデザインを採用すれば,口径3.5mという画期的な大口径(ちなみにASTRO-Fは口径70cm)の望遠鏡の搭載が可能になります(図3)。この望遠鏡を約-270℃の極低温に冷却するために,機械式冷凍機に要求されるのは,わずか30mWの冷却能力。十分に実現可能な値です。液体ヘリウムを搭載していませんから,機械式冷凍機が動いている限りは,いつまでも観測を続けることができます。

 このミッションが実現すれば,従来とは全く質の異なる観測が可能になります。宇宙で最も初期の星の光もとらえることも可能となり,宇宙の歴史の解明は大いに進むことでしょう。

(なかがわ・たかお) 


図3:新しい赤外線望遠鏡の概念図。背景に見えているのは,太陽と地球。


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