No.238
2001.1


ISASニュース 2001.1 No.238 

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光子推進機関と広がる探査の場

川 口 淳 一 郎


 スプートニクで始まった宇宙時代の到来から宇宙紀はいまだ1世紀なかばにすぎない。人類の活動が宇宙へと展開できたのは,化学ロケット機関の実用化であった。一方,電気推進機関に代表される非化学推進機関は,ようやく本格的な実用段階にいたりつつあり,応用計画が数多く出されるようになってきた。しかしこの電気推進機関においても,実用的な宇宙機としての速度修正能力は高々10km/秒程度でしかなく,これは地球の公転速度にもはるかに及ばない程度であって,自由に惑星間を闊歩できるとはいいがたい。探査の守備範囲は,推進機関の性能に依存するのであって,新型の高性能な推進機関が出現すれば,惑星間を思いのままに航行し,太陽系を飛び出す時代の到来も予見されるところである。運動量を交換する形式の推進機関の性能とは,まさに排出速度であり,究極速度は光速に違いない。すなわち,将来型の推進機関として注目すべきは,光子推進である。

 光子推進には,大きく分けて2種類の方法がある。一つは受動的な方式で,太陽光を反射させて運動量変化を利用する,いわゆる太陽帆推進(Solar Sail)であり,もう一つは,自らが「光」を発することで運動量を得る方式である。後者は,かりに電力へ一旦変換を行う方法だと,現在実現されている原子力プラントでは,実用化には2桁くらい推力‐重量比が及ばず,技術的な一大革新が必要である。しかし,Solar Sailに関しては,実用レベルは意外と近いところにある。

 惑星間を軽快に動ける加速度は,20μGレベルであって,典型的な帆の大きさは,探査機が1トン級であれば,直径が200m強である。地球の公転加速度は約600μGで,その大きさはまだ一桁以上小さいが,それでも太陽の重力の拘束からかなり解放される飛行が可能となる。

 数々のSolar Sailを用いた構想がなかなか実現しなかった奇妙な理由の一つとして,そもそもこのような高性能な推進機関を要求するような需要,探査計画が存在しなかったことが挙げられる。唯一の例外は,1986年のハレー彗星接近時のNASAの構想にみることができ,まさに数十km/秒の加速を行って周回方向を変え,ハレー彗星にランデブーさせようというものであった。現在ようやく,この高性能推進機関を必要とする段階まで需要が追いつきつつある。

 数十km/秒の加速を必要とする計画例としては,まさにその彗星ランデブーやそこからのサンプルリターン,黄道面を垂直に回る円軌道化,メインベルト小惑星の多数回ランデブーとそれらからのサンプルリターン,木星以遠の外惑星への短期間飛行,太陽系外への飛行などがあげられる。地球の公転加速度の数%の加速度を用いると,例えば黄道面に関して常に地球の真上を飛行しつづけるような,非ケプラー型軌道も実現が可能となってくる。宇宙紀1世紀目の後半には,このような計画へと人類の探査の場も拡大していくのではなかろうか。

 もちろん,Solar Sailが実現に至らなかった要因には,当然ながら技術的に困難な課題が山積していたことも事実である。第1には軽量で加工が現実的な膜材が存在しなかったことで,上述の膜を平米30グラムの膜材で製作すると,膜自体だけで1トン級となってしまう。これまでは,輻射平衡温度や紫外線環境を満たして,工業的に連続生産が可能かつ,貼り合わせ可能な軽量の膜材を見いだすことは難しかったが,熱可塑性コーティングを施すことができるポリイミド薄膜の連続製造が最近可能となってきている。また,このような巨大な膜構造物の形状維持や展開方法,さらに姿勢制御方法なども,これまでは具体的な現実的な方策を見いだすことができない面もあったのだが,これらにも工夫の余地があり,Solar Sail実現に道が見え始めたと考えているところである。最近,実証探査機の計画検討を有志の方々と始めている。

 Solar Sailをはじめとする光子推進も,ともすればそれ自体がミッションであるかのような見方があるが,それは誤解である。これらは推進機関であって,主ペイロードを輸送するためのエンジンであり,あくまで目的惑星,目的軌道へペイロードを輸送するという観点にたった実用化研究が行われなくてはならない。実証計画を進めたいと考えている。

(かわぐち・じゅんいちろう) 


Solar Sail展開モデル


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