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2000.6

ISASニュース 2000.6 No.231

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第15回

X線マイクロカロリメータ

満 田 和 久  

 X線や荷電粒子などを検出するのが放射線検出器である。その大多数は放射線によるイオン化作用によって検出器内に生じた電荷を集め電気信号とする。ところが,X線マイクロカロリメータ(=マイクロボロメータ)はこれとは全く異なる原理に基づく。図1はカロリメータの構造を模式的に示したものである。X線光子が1つ吸収されると,そのエネルギーは最終的には熱に変換されるので,その光子エネルギーに応じた温度上昇が素子に生じる。その温度変化を温度計で検出するのである。小さなX線光子のエネルギーを検出するためには,動作温度を絶対0度に近い極限温度まで下げる必要がある。これによって熱揺らぎを押さえ,エネルギー分解能(入射したX線光子のエネルギーを正確に測定する能力,波長分解能と同義と考えてよい)を極限まで高めることができる。たとえば,ASTRO-E衛星に搭載されたX線マイクロカロリメータ,XRS( X-Ray Spectometer)は,絶対温度60ミリKで動作し,半値幅で10eVという高い分解能が得られている。これは,「あすか」衛星に搭載されたX線CCDに比べて約10倍高い分解能である。また,X線マイクロカロリメータは,高いエネルギー分解能と同時に広いX線エネルギー範囲で100%に近い検出効率を確保することができ,微弱なX線を検出する宇宙観測では大変有用な検出器である。


図1 X線マイクロカロリメータの模式的な構造図。            
X線光子を吸収して生じる温度変化を,正確な温度 計で検知する。

 ASTRO-E衛星には32画素からなるマイクロカロリメータのアレイをX線望遠鏡の焦点面検出器として搭載し,高エネルギー分解能X線観測を目指した。XRSはその性能によって宇宙の高温・高エネルギー現象の研究に新しい局面を切り開くと期待された。その例を,図2に示そう。銀河団は,暗黒物質の巨大な重力ポテンシャルの中に,数百個程度の銀河とその10倍程度の質量の高温ガスが閉じ込められた天体である。銀河団は,お互いに衝突・合体することによって現在の姿になったと考えられている。高温ガスからは様々なイオンから輝線スペクトルが放出されており,これは直接は見ることのできない暗黒物質を探る重要な手がかりである。XRSは,図2に示されるように,これまでは1本の輝線にしかみえなかったK輝線を,微細構造線に分解して見せてくれる。微細構造が分解されると輝線の中心エネルギーや輝線の広がりを数eV程度の誤差で決定できるようになる。鉄のK輝線であれば,これは数百km/secの速度のガスの運動に対応する。まさに衝突しようとしている銀河団内の高温ガスの様子を初めて直接測定できるものと期待された。


図2 銀河団A1060のASTRO-E衛星のカロリメータによる10万秒の観測の
   シミュレーションスペクトルとASCA衛星の観測データ。      
   ASCA衛星のCCDカメラ(SIS)では1本の輝線であった鉄のK輝線が, 
   XRSでは微細構造に分解されることがわかる。           

 このように優れた性能をもつX線マイクロカロリメータであるが,応答速度が遅く高い計数率では使用できないことから,応用は宇宙観測に限られると思われてきた。この状況を変えようとしているのが超伝導薄膜の常伝導から超伝導への相転移に伴う急激な抵抗変化を温度計として利用するTES(Transition Edge Sensor)カロリメータである。これまでの半導体に不純物を注入した半導体サーミスターに比べて,温度計の感度が飛躍的に向上し,エネルギー分解能と応答速度を一桁程度,高めることが可能である。TESカロリメータはX線分析装置用の検出器として,米国のNIST(National Institute of Standard)のグループにより強力に開発が推進され,単一の素子で5.9keVX線に対し4eVを切る分解能が実現している。一方,TESカロリメータによって,画素数を増やし本格的な撮像型の素子を実現できる可能性もある。現在,我々のグループを含めて,数カ所でこの方向の研究が行われており,今後の発展が期待される。

(みつだ・かずひさ) 


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