No.228
2000.3

M-Vロケット4号機の飛翔について
ISASニュース 2000.3 No.228

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M-V-4実験主任 小野田淳次郎 

 宇宙科学研究所は2000年2月10日10時30分,鹿児島宇宙空間観測所からM-V-4号機を打ち上げたが,第段モータの異常により,ASTRO-E衛星を軌道に投入することができなかった。宇宙科学研究所ではすでに所外の有識者も含めた「調査特別委員会」によって,その事故原因を究明する努力を開始している。以下はその経過である。

1 ロケットはどのような経路を飛んだか

 2月8日の打上げ予定日は,天候が悪く風も強く不安定で,延期となった。この日,あろうことか鹿児島には雪が激しく降った。2月9日,宮崎に置いたダウンレンジ局の不具合で再び延期。

 2月10日。風なし,快晴。昨日より素晴らしい発射条件である。予定どおり10時30分に発射。新精測レーダが追跡したM-V-4号機の飛翔経路を見ると,ロケットは,初めのうちは予定された飛翔経路に沿って正常に飛行しているが,打上げ後60秒付近から飛翔経路が上向きにそれ始めている。

 軌跡は,機体に作用した推力方向の結果を反映するから,このことは60秒以前に何らかの姿勢異常のあったことを示している。予定どおり75秒で第段を分離,同時に第段に点火した。以後の飛翔経路を見ると,段目の制御は完璧だった。 第段の飛翔経路が高くなったため,ロケットの速度は予定より小さくなった。不足した速度を回復すために,第段ロケットの姿勢を低くするよう,地上から指令が送られ,以後はこの指示通り計画経路より低い経路を飛翔している。

 第段の姿勢も,速度が基準軌道に近づくよう,地上よりの指令により変更し,衛星軌道投入条件の達成を図った。321秒に第段の燃焼が終了。この時点で電波誘導班のコンピュータの表示は「近地点高度80km」を示していた。常識的には,衛星は第周回を待たず,太平洋上空で焼失する。宮崎局と勝浦局からロケットが見えるのは500秒あたりまでである。その後は1000秒を過ぎてからクリスマス島の追跡局に頼る。予定ではそこで1418秒の衛星分離(第段からの)を状況証拠として確認する手筈になっていた。しかしクリスマス島では1162秒から1212秒まで,ほんの少しの時間だけロケットからの電波を受信したものの,受信アンテナの上下角が低く,衛星分離を確認する前に受信できなくなっている。

 「溺れるものは藁をもつかむ」のたとえどおり,もしや近地点80kmという軌道でも,衛星が1周して内之浦まで回ってくるかもしれないと考えた。内之浦の34mアンテナは発射後90分から待ち受けた。が,最後の頼みの綱も空しくなった。そして13時35分から50分ごろまでもう1本の藁をつかむ努力がなされた。これも空しいものとなった。打上げは失敗したのである。

2 姿勢の異常が速度不足を招いた

 打上げの瞬間から内之浦局で見えなくなるまでの,第段〜第段の姿勢制御履歴を見ると,第段の後期を除いて正常で,第段の姿勢制御は完璧に行われている。打上げ後250秒からは,テレメータの受信状態を良好に維持する目的であらかじめ計画されたロールの90度回転が実行されており,また打上げ後360秒からは,衛星を分離する前の準備である姿勢の180度反転も正常に行われている。

 第段のピッチ,ヨー,ロール角の履歴によれば,打上げ後約55秒を経過した時点からピッチ角が急激に増大しており,やや遅れてヨー角がやはり急激に発散し,さらに,ロール角も一方向に回転している。ピッチ角は2度にわたって非常に高い角度を示し,最高では水平面から120度にまで達している。ヨー角は東方向から南向きに50度を越える角度まで増大し,ロール角も第段点火前には100度に達している。

 第段のピッチ,ヨー制御は,ノズルの向きを変えて推力の方向を変えることにより行なわれる。その制御履歴によれば,打上げ後55秒付近以降で急激なピッチ姿勢誤差の拡大を抑えるべく制御指令がノズル駆動系に出されているが,それに先立つ53.7秒にノズル振れ角を計測する系への電源が断となり,実際にはノズルは駆動せず,この秒時でピッチ方向の制御が失われていたと考えられる。この状態は75秒(第段点火)まで持続した。また,ヨー方向姿勢制御は打上げ後70秒付近まで機能はしていたが,ピッチ方向の過大な誤差のために有効に機能していない。ピッチ制御が失われた時点での高度は23km付近で,ヨー制御が失われたのは36km付近だった。

 この極端な姿勢異常が,第段による獲得速度の不足を招いた。第段も第段もこのロケットのシステムで可能な限り頑張ったが,その速度不足を回復しきれなかったのである。

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3 なぜ姿勢が異常になったのか

 第段ノズル周辺の温度計測データを見ると,打上げ後52秒辺りから異常な温度上昇が始まっており,特にある特定の位相の箇所での温度上昇がかなり急激だったことを示している。これらのことは,第段モータノズル周辺での異変が,その位相付近で52秒辺りから生じたことを示唆している。

 M-V-4号機に搭載されたカメラにより飛翔中に撮影したビデオ画像を見ると,時折ロケット噴炎中に小さな異物が噴出されるのが認められ,特に約25秒38.5秒41.5秒に著しい。この著しい異物の吐き出し時刻と同期して,モータ内圧測定値がわずかに急減している。特に41.5秒の減少量は小さくなく,その後回復することなく75秒1・2段分離に至っている。機体加速度計測データも同時刻に急減,第段モータの内圧と推力が連動して予測値より急減していたことを示す。このことは燃焼室に穴が空いて燃焼ガスが噴出したか,ノズルスロートの有効径が増大したかのどちらかであることを意味するが,この時点ではノズル周辺の温度が上昇を始めていないことと,この時刻に大きな姿勢変動が認められないことから,スロート・インサート(グラファイト製)が破損・脱落してスロートの有効径が増大したものと考えるのが妥当である。

 内圧カーブにおける計測値の予測値からの逸脱と,搭載カメラによる異物の吐き出し記録から,スロートインサートの破損によるスロート径の拡大は段階的に進行していったものと思われる。温度計測データ等と併せ考えるに,スロートインサートが大きく破損したと考えられる41.5秒以降,耐熱性が劣化した状態で高温の燃焼ガス流にさらされていたスロート近傍が焼損し,51.6秒に高温ガスがノズル側面に漏れ始め,ノズル周辺の搭載機器等を順次焼損したために,姿勢制御系も機能を失ったものと考えられる。

 打上げの翌日(2月11日),発射点の近くで質感がグラファイトに似た小破片約70個が見つかった。偏光顕微鏡による検査等から,これらの破片はノズル・インサートのグラファイトであると結論した。ノズル・インサートの破壊は発射直後から始まっていたのである。

4 その後の展開

 打上げの翌日には早速宇宙開発委員会の技術評価部会が開かれた。冒頭にも述べたように,宇宙科学研究所にも所外の専門家を加えた調査特別委員会が置かれ,事故原因の詳細な検討が始まっている。今回破損したと考えられるグラファイト材については既に国内で54機の実績があり,類似材を含めれば国内で1000回以上,国外でもそれを上まわるフライト実績のある材料だけに,グラファイトの破損は意外な事故だが,宇宙科学研究所は事故原因の徹底的追求へ,フル稼働を開始している。

 なお技術評価部会に提出された資料に,本稿に関する図がたくさん含まれているので,下記の宇宙科学研究所のホームページを参照されたい:

http://www.isas.jaxa.jp/


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