No.220
1999.7

<研究紹介>   ISASニュース 1999.7 No.220

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硬X線と電波でさぐる太陽フレアー

鹿児島大学理学部 西尾正則  

1.はじめに

 硬線で観測される太陽フレアーの多くは,コロナ中で何らかの機構により加速された電子が彩層上部に降下し,背景となるプラズマ粒子と衝突して発生する放射,いわゆるThick-targetモデルにより記述される非熱的放射を捉えているものと考えられる。このようなフレアーは太陽X線観測衛星「ようこう」に搭載された硬線望遠鏡(HXT)により観測することができる。しかし,「ひのとり」,「SMM」,「ようこう」などによるこれまでの数多くの観測からは,上に述べたような放射以外に,超高温のプラズマからの熱的放射や磁気ミラー効果によりコロナ中に閉じ込められたプラズマからの非熱的放射(Thin-targetモデルにより記述される放射)なども捉えられており,その放射機構を正確に判断するには硬X線放射源の場所ごとのスペクトルデータや他のさまざまな観測装置から得られるデータを総合して調べる必要がある。一方,マイクロ波帯で観測されるフレアーは,高温のプラズマからの放射(熱的放射)と加速電子からの放射(非熱的放射)が混在して見えていることが多く,その割合はフレアーごとに大きく違っている。フレアーにおいて放射される強いマイクロ波は,コロナ磁場の強さや形状に強く依存しており,このことがマイクロ波帯でのフレアーの解析を難しくしている原因の一つである。しかし,逆に言うとコロナ磁場の情報をふんだんに含んでいるということでもある。ひとつひとつのフレアーにおいて放射されるマイクロ波が熱的過程によるものか,あるいは非熱的過程によるものかは,多くの場合,強度の時間変化や観測されたマイクロ波源の円偏波率などを調べることにより判別できる。また,非熱的放射の場合,マイクロ波と硬X線で放射に寄与する電子の起源が同じだとすれば,両者の時間変動と相似性を調べて放射過程を推定することも可能である。以上のことからわかるように,硬X線とマイクロ波の望遠鏡により同時観測されたフレアーを比較,解析することにより,比熱的な放射の原因となる加速電子のエネルギーや寿命,放射領域の磁場強度や形状などの情報だけでなく,加速粒子の起源,すなわち,どのようなプロセスによって加速粒子が作られたのか,というところまで迫ることが期待できる。

2.観測機器の性能が向上すると

 太陽フレアーには1回あたり1032 ergのエネルギー(これは現在人類が消費しているエネルギーの数万年分)を放出する大きな規模のものから1027 ergぐらいしか放射しない小さな規模のものまで様々である(軟線での観測ではこれよりもはるかに小さな規模の現象も見つかっており,検出感度との競争ではあるが)。大きなフレアーでは,マイクロ波からガンマ線までなんでも放射しており,放射源も大規模に広がっている。これに対し,小さなフレアーの中にはただ単に大きなフレアーをスケールダウンしたものではなく,フレアーの素過程の一部だけが突出して見えているものがある。観測機器の検出器の感度が向上することにより,こういった一部の特徴が強く現れる小規模フレアーの画像を数多く集めてフレアーの素過程を調べていくという研究方法が可能となる。このようなことから,「ようこう」HXTと国立天文台野辺山太陽電波観測所の電波ヘリオグラフで同時観測されたフレアの中から硬X線,マイクロ波ともに非熱的電子による放射が卓越していると考えられるフレアーを選び出し,両者の画像を比較して,共通する性質について調べた。非熱的電子による放射が卓越したフレアーの多くは一般的に時間変化が速く(時間変化が速いことからインパルシブ・フレアーと呼ばれる),時間平均して検出感度を上げるという方法がとれない。この意味で検出器の感度向上が必須であった。また,地上の観測装置による画像と詳細に比較する上では衛星自体の姿勢安定性の向上,搭載望遠鏡の指向精度向上も極めて重要な要因であった。太陽活動の第22サイクル(太陽活動は約11年で増減し,活動の極小期の年を1サイクルとしている。「ようこう」はこの活動の極大期に打ち上げられた)の中で解析できたフレアーは24イベントで,これは第22サイクルで画像として同時撮影できた全フレアーの約半分である。

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3.形態的な分類ろその先にあるもの


 HXTと電波ヘリオグラフでほぼ同時に撮影されたフレアーの画像の例を図1に示す。このフレアーは1994年1月6日04:05 UTに撮影されたもので,硬線およびマイクロ波でのフレアーの継続時間は約40秒,その間に継続時間10秒程度のスパイク状の変動が繰り返し見られた。図1(a)はマイクロ波の強度を濃淡画像,円偏波率の程度を等高線で示したものであり,実線で描かれた等高線は右円偏波成分が卓越している領域,破線で描かれた等高線は左円偏波成分が卓越している領域を表している。図1(b)は硬X線の強度を等高線で,またほぼ同じ時間に撮られた軟X線画像を濃度画像で示したものである。図1(a)(b)とも視野は2.6分角 x 2.6分角で,画像間の位置合わせの精度は5秒角以内である(ちなみに,太陽の可視光での視直径は32分角である)。図1(c)は硬線源,軟線源,マイクロ波源の位置関係と形状を模式的に示したものである。マイクロ波の偏波率の分布は,おおまかにいうと放射に関連した磁力線がどちらを向いているかを表している。図1(a)および(b)からは,硬線のループ状構造H1が双極磁場を結ぶように存在していること,この場所から北東側(図の左上側)にむかって伸びるマイクロ波のループ状構造M2が存在していること,さらにその北東側の足元には硬線のパッチ状構造H2があることなどがわかる。

 このフレアーを含めた24イベントについて硬線とマイクロ波の画像を重ね合わせ,放射源の形状や時間的な進化,放射源相互の位置関係,マイクロ波における偏波率の変化(=コロナ磁場の向きの変化)を形態的に調べてみると,その多くが

(a)  位置が一致したふたつの硬線源およびマイクロ波源,
(b1) ふたつのマイクロ波源とその一方に見えるひとつの硬線源,
(b2) ふたつのマイクロ波とその一方に見える二重硬線源,
(c1) 二重硬線源とそこから伸びたマイクロ波源,
(c2) 3つの硬線源とそれらをむすぶ伸びた形状のマイクロ波源,

5つの形態のどれかに属することがわかった。図2は上に示した5つの形態を模式的に示したものである。この結果に,検出感度や空間分解能などの望遠鏡の性能限界に依存した放射源の見え方の違いを加味すると,5つに分類されたフレアー群に共通する基本構造が浮かび上がってくる。これは大雑把に言うと,「フレアーに関連している磁気ループは1本だけではなく,複数同時に存在している」,「その複数のループは長さが大きく違う組合せになっている」ということである。なお,同様の結果は,筆者らの方法とは別の解析法(マイクロ波および硬線,軟線の画像上で3つ以上の放射源が捕えられたフレアーを集めてその特徴を調べるという方法)においても報告されている。望遠鏡群が,この結論を導き出すのに非常に適した性能まで向上していたというべきであろうか。


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4.磁気ループの姿を想像する

 得られた結果は比較的単純なものであるが,得られた画像の上に更に光球面磁場の観測データを重ね合わせてみると,フレアーの前後におけるコロナ磁場構造の変化が想像できるようになる。図3は,観測結果から想像をたくましくして描いたコロナ磁場構造である。フレアーにおけるエネルギーの供給源として,磁気再結合による磁場エネルギーの解放を考える研究者は多く,図3はその立場に立って描いたものである。コロナ磁気ループが不安定な形状(ポテンシャルの高い状態)から安定な形状(ポテンシャルの低い状態)に変化するときにフレアーへのエネルギー供給が起きるとし,フレアー前の磁場構造(プリフレアーループ)とフレアー後の磁場構造(ポストフレアーループ)が描き込んである。もちろん,観測されるのはポストフレアーループの方である。この図では,さらにフレアー前に磁気的なエネルギーを蓄えるための機構として,光球面下からの磁気浮上現象を想定して描いてある。この考え方は, Heybeartsらによって1977年にすでにフレアーの発生機構のモデルとして提案されているものであるが,「ようこう」HXTと電波ヘリオグラフによる観測はこのモデルと矛盾しない結果を与えているとともに,より具体的,詳細な解析を可能としてくれている。事実,「ようこう」HXTと電波ヘリオグラフで捉えられた多くのフレアーについて,コロナ磁場構造とその時間変化を理論的あるいは数値的に理解しようとする研究が進められている。


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 上記に示した磁場構造の報告より前に,「ようこう」のSXTおよびHXTでの観測から,カスプ状のコロナ磁場構造(SXTで最初に報告された事例はろうそくの炎のような形状をしていた)がフレアーの起源に強く関わっているということが発見されており,太陽物理学,とくに太陽フレアー物理学に強いインパクトを与えた。したがって,この観測結果と硬線およびマイクロ波観測から得られた上記の結果がどのように関係づけられるのか,ということを今後解明していかねばならない。うまくすれば,磁気再結合のバリエーションとして簡単に説明できてしまうかもしれない。また,カスプ状の磁場構造が観測されるフレアーが比較的大規模なフレアーであるのに対して上記のフレアーにおいて放射される総エネルギーが1桁2桁,あるいはそれ以上小さいことなどから,図3にあるような磁気ループ同士の相互作用による磁場のつなぎかわりをカスプ状に見えるフレアー磁場構造の構成要素(ビルディングブロック)と捉えている人もいる。しかし,たとえば竜巻を大きくしたもの,あるいは複数組み合わせたものが台風であるとは言えないように,ここで示した硬線とマイクロ波で顕著な放射を示すフレアーがカスプ状の磁場構造の構成要素とは考えにくい面もある。理論家でない筆者が語るのはおこがましいが,「何でもあり」のフレアーではなく,ある種の特徴が強調されたフレアーの一群を理論的に説明する方が比較的易しく,解明が早く進むのではないか,と期待している。

5.さいごに

 衛星搭載の望遠鏡および地上の電波望遠鏡の感度や空間分解能の飛躍的向上,衛星の姿勢安定性の飛躍的向上などにより,フレアーの素過程に迫るような,また多波長領域での厳密な画像の比較が可能となってきた。しかし,図3に描かれた磁場構造には,望遠鏡の感度や解像力の限界により観測できていない多くのことがらが入れ込まれている。観測機器への要求は尽きない。

(にしお・まさのり)



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