No.216
1999.3

<送る言葉>   ISASニュース 1999.3 No.216

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サムライ学者とともに

長友信人  

 栗木恭一教授とは電気推進の研究がご縁で,SEPACSFUといういずれも前例のなかった難プロジェクトに挑戦する中で,親しくも荒っぽいお付き合いをしてきました。そこで感じたことは,栗木先生は優れた学者である以上に立派な紳士だということです。先生が退官されるにあたり,そのサムライぶりを物語る思い出話を紹介させていただきます。

 栗木先生は若い頃からMPDアークジェットの世界的な権威で,スペースシャトルのミッションスタディにオーロラ実験を大林先生が提案した時,アメリカは電子ビームが得意だから,日本は栗木先生のMPDアークジェットで対抗しようと決めました。

 話は進んで,1976年,スペースラブ1号搭載実験に応募しました。宇宙でのこのような高エネルギー実験は初めてとあって,NASAはジョンソン宇宙センターの世界最大のスペースチェンバーと電子ビーム装置を提供し,日本は栗木教授のMPDアークジェットを持ち込んで共同実験をすることになりました。

 1週間の実験計画でしたが,リーダーのB博士は横柄で全然他人の言うことを聞こうとしない人でした。実験初日,ついに業を煮やした栗木教授は,「アイ・アム・ノット・ハッピー・ウィズ・ユー!」と啖呵を切ったそうですが,この一言が相手を追い出してしまい,チーム全体はハッピーに残りの実験を続けることが出来たというわけです。結局,大林先生をPI(主任研究者)とする日米合同チームのSEPACが優先度2位NASAの実験に採用され,日本は電子ビーム装置も開発したのであります。

 栗木先生ご自身は人の言うことに良く耳を傾け,後輩の私に対しても少しも先輩風を吹かしたことがありません。いつも嵐のようなプロジェクトの渦中ではそれどころではなかったかも知れませんが,何よりも栗木先生が,他人を尊敬することが出来る気高さを備えておられたからだと思います。

 今後ともご健康に気を付けて,世界を舞台にサムライ精神を発揮していただきたいと思います。

(ながとも・まこと)



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