No.204
1998.3

ISASニュース 1998.3 No.204

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見えてきた宇宙X線背景放射の正体

   上田佳宏

 我々がもし線で空を見ることができたならば,空全体が明るく輝いていることに驚くことだろう。この空全体から来ている強い線(宇宙線背景放射;CXB)は1962年,線天文学が始まって間もなく,ジャコーニらによるロケット実験で発見された。どの方向からも一様な強度でやってくることから,銀河系外の宇宙論的な起源を持つと考えられているが,その起源は発見以来36年経った現在でもまだ完全には解明されていない。

 宇宙X線背景放射の強度はたいへん大きいもので,全天からの放射を足すと,銀河系内の線天体の強度の総和の10倍にも達する。そのエネルギースペクトルは,桁あたりの強度にするとおよそ20keVにピークを持ち,3−50keVの範囲では,40keVの温度のプラズマからの熱制動放射モデルで良く表される。このことから,その起源を宇宙に一様に広がる高温プラズマに求める議論がなされたことがあった。しかしその可能性はCOBE衛星による宇宙マイクロ波背景放射スペクトルの精密測定の結果によってほぼ否定された。現在,宇宙線背景放射の大部分は,未だに分解されていない多くの微弱な銀河系外天体の集合であると推定されている。

 宇宙線背景放射のエネルギースペクトルは,2−10keVのエネルギー範囲では光子指数1.4のべき関数で近似される。いっぽう,これまでの観測から,銀河系外の線天体の多くは活動銀河らしいことがわかっている。ところが,過去の観測されてきた明るい活動銀河の多くは2−10keV1.7−1.9という光子指数をもつ。これは宇宙線背景放射のそれに比べて急であり(すなわちスペクトルが軟かく),同種の活動銀河をいくら集めたところで宇宙線背景放射のスペクトルを説明することはできない。もっと別の「硬い」スペクトルをもつ天体が必要ということになる。この矛盾はスペクトルパラドックスと呼ばれ,線天文学の最大の謎となっていた。

 線天文衛星「あすか」は,2−10keVのエネルギー範囲で撮像能力を持つ世界で最初の衛星であり,過去の衛星の100倍以上の検出感度を有する。宇宙線背景放射の起源の解明は,「あすか」に課せられた最大のテーマであった。

 我々は,「あすか」を用い,平方度にわたる高銀緯(かみのけ座方向)にある広い連続した領域を系統的にサーベイ観測することで,宇宙背景放射を担う微弱な線源の正体を明らかにすることを試みた。その結果,年がかりの綿密な解析により,100個以上の微弱な線天体を検出し,宇宙線背景放射の全体の強度の約30%を直接点源に分解することに成功した。図に,線天体の明るさに対して,それ以上の明るさの線源の数密度(>S)をプロットした図(LogN−LogS関係)を示す。

 注目すべきことは,長年の問題であったスペクトルパラドックスが解決の兆しを見せ始めたことである。我々は,今まであまり観測されてこなかったような,硬いスペクトルを示す線天体を多く発見した。解析の結果,2−10keVのエネルギー範囲で検出された微弱な線天体の平均スペクトルは光子指数〜1.5を示すことがわかった。これは,過去に観測された1−2桁以上明るい強度レベルでの線天体の平均スペクトルに比べて有意に硬く,宇宙線背景放射そのものの値に近付いている。

 では,これらの硬い線天体の正体は何であろうか? 一つの可能性として,いわゆる2型活動銀河が考えられる。これは,通常の活動銀河と異なり,銀河の中心部からの放射が物質によって遮られているため,吸収を受けた硬いスペクトルを示す天体である。実際,このサーベイで見つかった最も硬い線天体は,可視光の追従観測により2型セイファート銀河であると同定された。

 現在,我々は,検出された全ての線天体に対する光学同定観測を精力的に進めている。「あすか」が見つけたこれらの線天体は,宇宙線背景放射の謎を解く上で極めて重要な役割を果たすだけでなく,宇宙がどのように進化してきたかという問題を解き明かすための手がかりともなるであろう。

(うえだ・よしひろ)


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