No.191
1997.2

ISASニュース 1997.2 No.191

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第4回 分子の衝突励起 -原始惑星系円盤-

宇宙科学研究所    北村良実

 我々の太陽系は,今から約46億年前に星間ガスの塊が自己重力によって収縮し形成されたと考えられている。惑星系は原始太陽の周囲を取り巻いていた半径36天文単位の円盤,即ち原始惑星系円盤の中で形成されたと推定されている。今となっては,過去に起きた太陽系形成過程を実証することは不可能である。

 ところが,最近の電波望遠鏡の活躍によって,太陽系外での惑星系形成の現場が直接観測可能になってきた。距離約460光年に位置するおうし座には,太陽と同程度の質量の若い星,Tタウリ型星が多数見られる。我々は国立天文台・野辺山の電波望遠鏡を用い,いくつかのTTタウリ型星のまわりに数百天文単位の広がりをもつ原始惑星系円盤を発見した(図1)。  では,なぜ電波望遠鏡によって原始惑星系円盤が観測できるのであろうか?

 原始惑星系円盤は水素分子を主成分とし,残りは少量の分子と塵からなっている。電波は,水素分子からではなく,数で水素分子の1万分の1程度の微量成分である一酸化炭素分子COから主に放射されている。COは全体としては電気的に中性であるが,分子内ではCがプラスにOがマイナスに偏っているため,まわりに多量にある水素分子との衝突によって回転すると,強い電波を放射することができるのである。他に電波で観測できる分子として,一硫化炭素CS,シアン化水素HCN,ホルミルイオンHCO+ 等がある。

 一酸化炭素分子等は,乱雑な熱運動をしている水素分子が絶えず衝突してくるため,その温度に応じた回転をするようになる。しかし,その回転はコマのように連続的に変化するのではなく,回転エネルギーはミクロの系を扱う量子力学によって厳密に決められる離散的な値しかとれない(図2)。各エネルギーレベルJへは,主に水素分子との衝突励起によって分配され,その分布は温度によって決まる。衝突によってエネルギーレベルJ2に励起されていた分子が、低いエネルギーレベルJ1(= J2 - 1)へ遷移する際には,そのエネルギー差に相当する電磁波を放射する(図2)。例えばJ=1から0への遷移の際に放射される電磁波は電波領域に入り,電波望遠鏡で観測される。

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 回転のエネルギーレベルは分子固有のものであり,放射する電波の周波数も異なる。例えば,CO(J=1 -0)の周波数は約115GHzで,ラジオやテレビの周波数に比べればずっと高い。また,天体から受信される電波の周波数にはある程度の幅があるが,これはドップラー効果で説明できる。原始惑星系円盤内には,その温度に応じた乱雑な熱運動と,円盤全体としての回転,落下,膨張等の運動が存在する。乱雑な熱運動は周波数の幅をつくり,全体の運動は周波数のシフトを生じさせる。即ち,受信した電波の源である分子の種類を特定すれば,その幅やシフトから分子の運動,言い換えれば円盤の温度や内部運動を知ることができる。

 結局,種々の分子からの電波を受信すると,原始惑星系円盤の物理的性質,半径・質量・内部運動・温度等がわかる。さらに,塵成分からもその温度に応じたすべての周波数にわたる連続的な電磁波が放射されているため(図1),独立に円盤の物理量が求められる。主成分の水素分子に比べれば,ごくごく微量な成分である一酸化炭素分子等が,水素分子による衝突励起と回転遷移に伴う電波放射を通じて,マクロな原始惑星系円盤の情報を我々にもたらしてくれるのである。

(きたむら・よしみ)


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