No.186
1996.9

<研究紹介>   ISASニュース 1996.9 No.186

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宇宙機器と複合材料

宇宙科学研究所  向後保雄


◆はじめに

 “複合材料”は今や特殊な材料ではなく,身の回りを見渡すとあちらこちらに使われている材料になりました。たとえば,テニスラケットやスキー板,あるいはブラックシャフトと呼ばれているゴルフクラブなどはその代用的な例です。しかし複合材料は,歴史的に見れば1940年代に繊維強化プラスチック(FRP)が米国で初めて作られて以来,今日まで高々50年程度の歴史しかなく,現在の構造物の主流である金属材料とは比べ物にならないほど“若い”材料です。
 ここでは,この“若い”材料がどのようなものであるか,宇宙構造物を造るうえでどのように役立っているのか,また,現在どのような研究がなされているかなどについて紹介します。

◆複合材料とはどんな材料か

 複合材料とは,「二種類以上の材料を組み合わせて,個々の材料では持ちえない特性を示す材料」であり,目的に応じて設計可能な材料と言うことができます。宇宙構造物に用いられる複合材料の代表例は,炭素繊維を樹脂でくるんだものです(「複合 化」と呼んでいます)。炭素繊維は直径7μEの細い繊維ですが強度は鋼の2倍〜4倍,重さは1/4程度と,軽くて強い材料です。しかし,炭素繊維だけでは構造物を形成することはできず,樹脂と複合化した繊維強化プラスチック(FRP:Fiber Re inforced Plastic )にすることによって構造材料として用いることができます。繊維の並び方は目的に応じて色々な組み合わせがなされ,組み合わせに応じて特性を変化させることができます。このように,二種類の軽い材料から,強い材料を作ることができることは「重さ」が重要な因子である宇宙構造物にとって非常に大きな利点であり,これが“若い”材料であるにもかかわらず,人工衛星の構体やアンテナ,太陽電池パドル等に多用されている所以です。図1は強度および剛性を密度で割った値(比 強度および比剛性と呼ばれています)ですが,同じ重さでどれだけ強く,変形しにくい構造を作ることができるかの目安となります。この図を見ていただくと明らかなように,FRPが金属材料に比べて軽くて強く,変形しにくい材料であることがわかります。

図1 複合材料と金属材料の特性比較

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 次世代の宇宙研の大型ロケットであるM-Vにも複合材料はたくさん用いられています。たとえば,キックモーター,第3段モーターおよびノズル部等はCFRPで作られています。また,ノーズフェアリング,機器搭載部などはCFRPを表皮材とするアルミハニカムサンドイッチ板から作られており,いずれもロケットの軽量化に大きく寄与しています。

◆高温で使える複合材料

 このように,複合材料はすでに人工衛星およびロケットの構造材料として多用されている材料ですが,将来の宇宙飛翔体を考えた場合,高温で使える複合材料が期待されています。これは,ロケットの高性能化や将来のスペースプレーンのエンジンなどでは,高温において高強度な材料が必須であるばかりでなく,回収カプセルや,スペースシャトルに代表されるような宇宙往還機が,再突入の際に被る空力加熱から機体を保護する軽量構造材料の開発が望まれていることによるものです。
 図2は材料の密度と融点の関係を示したものですが,宇宙構造用耐熱材料としては密度が小さく融点の高いものが必要になります。残念ながらCFRPはプラスチックの使用できる温度の制約から,1000℃以上の温度が要求される耐熱材料としては用いることができません。金属材料の中には,タングステンのように非常に高融点の材料もありますが,融点の高いものは密度も大きく,重すぎます。このような整理をすると,セラミックスや炭素材料は軽くて融点も高いことがわかります。しかし,これらの材料は一般に脆いため,そのままでは構造部材として用いることができません 。そこで,ふたたび複合材料の出番となるわけです。CFRPの強化材として用いられた炭素繊維は炭素だけからできているので,図2中にもあるように軽量で高融点です。したがって,炭素繊維をセラミックスまたは炭素と複合化することによって,セラミックスまたは炭素の脆さを改善し,軽量で高強度の耐熱材料を作ることができます。現在では,炭素繊維ばかりでなく炭化珪素や他のセラミックスを用いた繊維も開発され,様々な種類の耐熱複合材料についての研究がなされています。

図2 材料の密度と融点の関係

 耐熱複合材料の中で,高温強度を問題にする場合,図3に示すように炭素繊維強化炭素複合材料(C/C複合材料)の特性は秀でており,2000℃以上の高温まで強度を保持することが可能です。また,C/C複合材料は他のセラミックスに比べ熱膨張係数も小さいことから,急激な温度変化に伴う熱衝撃に対しても損傷をうけにくいという利点があります。このように優れた高温特性を有することから,一部ではすでに実用化されている部材もあります。例えばM-Vロケットのスロート部は非常に高温になるため,C/C複合材料でできています。

図3 各種材料の高温比強度

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 このように,C/C複合材料は耐熱材料として非常に有望な材料ですが,もちろん欠点もあります。最も大きな欠点は,炭素からできているため酸化性雰囲気では500℃程度から酸化してしまうことです。ロケットのスロート部のように一度だけ短時間高温に耐える場合には酸化量を考慮した設計も可能ですが,将来の飛翔体では再利用が前提になるものと考えられるため,酸化を防止する対策が大切になってきます。これを行った例が,米国のスペースシャトルです。スペースシャトルでは,再突入時の空力加熱によって高温にさらされるノーズキャップやリーディングエッジにC/C複合材料が用いられており,酸化を防止するためC/C複合材料表面には炭化珪素(SiC)の被膜が形成されています。このように,セラミックスを表面に被覆( コーティング)してC/C複合材料と酸素の反応を防止することが可能ではありますが,実際にはこれで全てが解決するわけではありません。前に述べたように,C/C複合材料は熱膨張係数が小さいため,表面にコーティングしたセラミックスとの熱膨張係数差からセラミックスに割れが発生します。酸素はこの割れを通ってC/C複合材料と反応し,特性を劣化させます。また,SiCを被覆材にする場合には,SiCの使用可能な温度の制約から,1600℃程度までしか使えないことになります。このような観点から,割れの発生しないコーティングや,より高温で使用可能なコーティングに関する研究が進められています。

◆耐熱複合材料の課題

 上で述べたC/C複合材料の適用例は,高温にはなるものの機械的な強度があまり問題にならないような部材でした。しかし,今後は高温でかつ高強度が要求されるような使い方がなされるものと思われます。宇宙研において検討が進められているスペースプレーン用エンジンであるエアーターボラムジェット(ATREX)エンジンは,その良い例です。空気吸い込み式のエンジンであるATREXエンジンでは,図4に示すようなチップタービンおよびファンが用いられますが,マッハ6を実現するためには材料温度が1500℃程度と予想されています。軽量化のため,冷却機構を使わずにこれを実現しようとする場合,C/C複合材料以外の材料は用いることができません。このため,現在C/C複合材料を適用化するための検討が進められています。

図4 ATRエンジンのチップタービン・ファン

 C/C複合材料を用いて要求を満足する部材を作製するには,いくつかの課題があります。まず,複合材料によって図4のような複雑形状を最適設計すること自体に困難が伴います。高速で回転するチップタービンおよびファンには遠心力によって高い応力が発生しますが,これに合わせて繊維の配向を制御して各部品を組み上げていかなければなりません。このためには,各部品に発生する応力の解析や,これに適した材料を用いた材料試験,実際の形状に合わせた要素試験など多くの段階を経る必要があります。また,高温酸化環境で高強度を維持する必要があるため,酸化によるC/C複合材料への影響はより厳しいものとなります。したがって,耐酸化コーティングによる酸化の防止は不可欠で,コーティング方法自体,およびコーティングされた材料の特性劣化の評価等が,構造の信頼性にかかわる重要な問題となってきます。
 これらの課題を克服してC/C複合材料をチップタービンおよびファンに適用することは,強度が問題となるような高温構造材料としての適用可能性を実証することでもあり,耐熱構造材料の開発において工学的な意義はおおきいと考えます。

◆むすび

 宇宙機器に適用可能な耐熱複合材料には,C/C複合材料以外にも炭化珪素,窒化珪素,アルミナ,ガラスなど様々な種類の複合材料があります。また,より厳しい熱環境では,アブレーション材料が重要な役割をはたします。これらはそれぞれ長所と短所を有し,使用条件によって最適な材料を選択していかなければなりません。したがって,今後は耐熱複合材料の適用化を推進すると共に,ニーズにあった材料を選択できるような指針を明らかにすることも大切になってくるものと考えます。

(こうご・やすお)



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